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潤んでもいた?
「ふふふっ」
理想を目にしたからだろう。それが不気味に映ろうとも、対面した拍子に固まった顔に笑いが浮かぶ。その時にはあれ程にも悪かった気分が晴れて、同時にアスカの関心も男から理想の山男へと移って行く。
白シャツにストライプパンツ、黒ネクタイに同じ色合いの上着、暗灰色のベストに真っ白な手袋、そうしたものに包まれる大きな体は、ぱっと見ではお仕着せ姿のテディベアに近い。それでも装い自体は気品に満ちて、それがアスカには残念でならなかった。風貌は理想でも、モーニング姿は光り輝いて、折角の喜びが半減させられてしまう。しかし、はたきを持つ手は無骨で好感が持てた。首元や袖口からはみ出る毛束にも感動しかない。それもヒゲボーボーの荒々しさに不似合いなつぶらな瞳に気付かなければの話ではある。
「ううん?」
アスカにとっては拍子抜けといったところだ。山男の瞳がどことなく怯えているように潤んでもいたのだから、尚更と言えた。
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