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棺を目印に?

「用を済ませたあとになら……」  その返答が起伏なく響いても、アスカには男も笑っているのがわかっていた。腕に尻を支えられていることで、密着する腰の辺りに笑いに震える胸の揺れを感じたからだ。 「ったく……」 〝こ奴と出掛けて来る〟  この時、アスカの頭の中では男のその台詞が美声のままに再生されていた。これが原因で今がある。そこを思うと笑ってはいられない。 「俺の都合、また無視か」 「致し方なく」  アスカがむすっとして言ったからなのか、男の口調が不意に陰鬱気味に変わった。機嫌を取ろうというのでもないだろうに、本意ではないといった調子で答えていたのだ。これではアスカも男をそうまでさせた用件に興味が湧き、その気もなかった問い掛けをするしかなくなる。 「で、用って何?」 「アルファ」  これにはさすがに驚いた。しかも待ち合わせ場所があの怪しげな山の頂上、男が空にしたガラスの棺を目印にしたというのだから、唖然とするより他ない。

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