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変異は失敗?
次の瞬間、乳母の気配がすっと消えた。時間と空間の狭間が別の場所へと移動したようだ。幼い少年の声からも怯えが消えて、弾むような調子に変わっている。
〝兄じゃ、ずっと一緒?〟
〝そうだよ〟
その声を耳にして、アスカはどきりとした。変態屋敷の応接室で聞いたヌシの声に、時代に合わせた口調を差し引いても、アスカには同じものと確信出来る。そして否応なしに、この狭間での盗み聞きにどういった意味があったのかに気付かされる。ヌシとアルファ、血の繋がりのない二人でも、兄弟だったということだ。
〝さぁ、座って〟
ヌシに言われて、幼いアルファが素直に従うのがアスカには感じ取れていた。ヌシがアルファの後ろに立っていることもだ。
〝痛くて苦しいけど、怖がらないで、抱いてあげてるから〟
〝うん、兄じゃがいる、ちっとも怖くない〟
この後に起きたことは軽く想像が付く。人狼は人狼であって、ヴァンパイアではないのだ。アルファの変異は失敗した。
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