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他人に過去を?

 この時のアルファには、人狼となった自分にも誇りが持てていた。獣姿の人狼達に鼻先でつつかれるようにして目覚めた当初は混乱し、恐れおののいていたのが嘘のようだが、その恐怖がこの身の本来の持ち主である子狼の比ではないと知り得た瞬間、のうのうと生きる自分の余りの胸糞悪さに息苦しくなった。それだけに、アルファには本来の持ち主の魂と入れ替えた兄のことが許せなかった。 〝ぐおぉぉぉぉっっ〟  少年のアルファが地面に膝をつき、怒りの咆哮を上げる様子が、アスカの意識を刺激する。アルファの無力な自分への悔しさも感じさせ―――と、その時だ。 「クソガキと……」  不意に意識が現実へと戻り、アスカは自らの声を耳にした。 「何があったのか……は知んね……が」  精霊の行動は唐突過ぎる。わかっているが、誤魔化すしかない。男というよりアルファを気にしてのことだ。他人に過去を噂されること程、面白くないものはない。そう思っての気遣いだった。

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