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好きにさせた?

「あん時……」  男の背中越しにアスカの顔を覗き見た青年の目が、ほんの微かでも、確かに見開かれていたのをアスカは覚えている。整った顔立ちに雅やかな魅力を描く切れ長の目に浮かべた興味が、母親似の可愛らしい顔立ちにあったのにも、確信を持っている。それでもそこに見せた青年の余裕には警戒した。前世を読み取ろうとしてのことなのかはわからないが、ヴァンパイアがいるというのに無頓着でいられた青年の男に勝る甘い声音に胡散臭さを感じたからだ。 〝大丈夫?〟  あの時、青年は甘い声音で優しげに声を掛けて来た。今にして思えば、最初から挑発的だった。人間上位の安心感に、ヴァンパイアを―――男を刺激した訳だ。そう思った時、アスカの耳に男の美声が響いた。 「終わったか?」  余計なことを考えたがるアスカの好きにさせたと言いたげな口調が憎らしい。とはいえ、怒鳴るばかりでは凡庸過ぎる。ここは逆にと、アスカは粋ににやりと笑ってみせていた。

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