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変異を選んだ?

 女は男をかたった偽の手紙に応じて、預けられた先の商家の屋敷を抜け出した。謀反を起こした家臣のものと、薄々気付いていたにもかかわらずだ。それが男にはどうしても理解出来ないことだった。 〝だが……〟  男は苦悩を滲ませ、こう続けていた。 〝……理由がわからぬ〟   その答えがアスカには僅かながらも見えてしまった。女が言った〝偽り〟が、男が求める〝理由〟となる。どういった〝偽り〟なのかまでは知れないが、女が言葉にしないだけで、そこに漂う切なさは感じ取れていた。 〝男に愛される資格がない〟  そうした女の叫びが聞こえて来そうな気がしてならない。〝偽り〟が〝理由〟で男をヴァンパイアに変異させたのだ。幾許の後悔に哀哭したことだろう。男をかたった偽の手紙に応じたのも、未だ人間のままと願う思いからとわかって来る。 「まぁ……さ」  愛は時に愚かしい自己犠牲に走らせる。変異を選んだ男も同じだ。そこがアスカには少しばかり虚しく思えた。

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