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匂いを嗅いで?

「な……っ!」  アスカは思わず立ち上がっていた。これが人間なら、ふざけるなといった気分でそのまま拳を突き出し、殴り倒している。そうした衝動を押しとどめたのが、男の厳しい眼差しというのには笑えたが、視線だけで一瞬にして気持ちを萎えさせられたのには恐れ入る。格の違いに腹が立っても、男に救われたのは認めるしかない。アルファの挑発に乗って、熱い世界の変化形に誘い込まれるところだった。とはいえ同情とからかいを同時にされて、黙っているのも忌々しい。 「うるせっ」  まずは軽く罵倒し、気持ちを落ち着かせようと再び棺の縁に腰掛けた。 「こちとら人狼じゃねぇんだ」  アルファの物柔らかな喋りに漂う間抜けな優しさが鬱陶しい。まつわり付かれるような響きを振り払いたい。その思いに、毅然とするもどこへやら、アスカは嫌みたっぷりにこう続けたのだった。 「慰めてくれってよ、ケツ見せて、匂いを嗅いでもらおうなんて、んな気にゃならねぇぜ」

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