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第5話

瑞生(みずお)はその週末も、いつものように一人きりで、最近開発された新興住宅地の辺りをぶらぶらとさまよい歩いていた。住宅地と言ってもまだ空き家や更地が多く、人通りは殆どない。 彼は2年前の中学生の時、離婚した母とともに、東京から母の実家があるこの古い田舎の町に越してきた。そして祖父母と同居を始めたのだが、転校した先の学校で土地の子供たちとうまく馴染めず、からかわれたりいじめられたりするようになってしまった。新入りだからとか、片親だからとか、大人しいからとか……瑞生がいじめられてしまう理由は色々だった。 そのような状態で……仲の良い友人ができなかった瑞生は、山を切り開いて作られたこの新興住宅地をいつからか遊び場にするようになった。 ここは山の中腹辺りを平らに削って作られたため、小高くて眺めが良かった――自分の家の近くだと、同級生たちに見つかりちょっかいを出されて嫌なのだが、地元の人々は何故だかこの住宅地には殆ど出入りしない。そのためここなら瑞生がいじめっ子に出くわす心配はない。 本当は休みの日はずっと自室に閉じこもっていたかった……でも、そうすると、向こうの友人たちから息子を引き離して来てしまったという負い目のある母が気に病むし、祖父母にも心配されてしまう。だから瑞生は時々、友達のとこへ行ってくると嘘をつき、ここで一人で時間を潰しているのだった。 去年辺りから新しい家の分譲が始まり、徐々に人々が引っ越してきて、今瑞生が通っている高校にもぽつぽつ生徒が転入しだした。それは新しい友人を作る良い機会だったはずなのだが、中学の時のいじめられた経験のため瑞生はひどく引っ込み思案になってしまっていて、自分から話しかける勇気が出せなかった。そうして相変わらず一人だけでここに来る――中学の時遊び場にした雑木林はもう殆ど切り倒されて残っていなかったが、新しい地域らしく綺麗な小公園などが整備され始めたので、瑞生はそんな所で本を読んだり、スマホのゲームで遊んだりなどしていた。 やがて辺りが大分薄暗くなった。瑞生はそろそろ帰ろうと、座っていたベンチから立ち上がって歩き出した。 公園は土を盛られて周囲の歩道よりも一段高くなっている。出入り口の階段を下り始めた時、前の歩道に砂色の帽子を目深に被り、同じ砂色の長いトレンチコートを身にまとった、ひょろりと背の高い男が佇んでいるのに気がついた。 男の前には、この住宅街のほぼ真ん中を抜けて隣の市まで続く2車線の道路が通っている。広くて立派な道だが利用する人はあまりいない。あの人はあそこで何をしてるのだろう?瑞生が思ったとき、車が一台走ってきた――男は車を見つめている。あれを待っていたのだろうか?瑞生が階段で立ち止まってその様子をなんとなく眺めていると、男のコートの腕の辺りがふわりと風に煽られたように持ち上がった。 気付けばその男が着ているのは普通のコートではなく、長いマントなのだった。その持ち上がったマントの裾から、何か丸っこくて小さな茶色いものが数体素早く飛び出して――丁度男の前へさしかかった車の開いた窓から――中にしゅしゅっと入りこんで行ったのが見えた。 何だろう? 不思議に思った瑞生が目を見開いてそのまま見つめていると、走る車の窓からさっきの茶色のものが、入った時と同じ素早さで飛び出てきた。男がマントの前を開く。 めくれたマントの内側に、茶色のなにか大きな目玉のような……不気味な模様があるのが見えた。 車から出てきた小さなものは男のマントの中へ収まった。すると男は元通りマントを閉じ、最初見たのと同じ姿になってゆっくり瑞生を振り返った。目は相変わらず帽子の影になって見えなかったが、男は口元だけでにやりと笑い、唇をわずかに動かし低い声でか、ま、い、た、ち、と言い、次いで唇の前で人差し指を立て、黙っておけというような仕草をした。 かまいたち?かまいたちって、あの、妖怪の?まさか、あの茶色いのが? 瑞生がぽかんと突っ立ったままでいると、コートの男はゆっくりと歩き出した。 そこではっとなり、瑞生は急いで公園の階段を下りきって男が去った方角を見た。が――彼はもうそこにはいなかった。 あのコートの内側の、気味の悪い模様になんだか見覚えがある、と瑞生は思った。 いつの間にかすっかり暗くなって街灯に虫が集まり出している。辺りはしんと静まり返り、虫の体が灯りにぶつかるチン、チン、というか細い音だけが響いていた。 瑞生が街灯を見上げると、灯りを支えるポールに巨大な蛾が一匹とまっている。 その翅に、今しがた男のコートの中に見たのとまったく同じ、茶色い目玉模様がついていた。

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