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第8話

電話が鳴った。 丁度帰宅した所だった冬実が出ると、父の泰孝からだった。 「冬実一人か?母さんは?いないのか?」 「うん。パート残業だって」 母は町にあるスーパーで働き出している。 「そうか……どうしようかな……」 「どしたの?」 「ああ、いや……今入院してる患者さんがいてな、目を離すの心配だから父さん暫く診療所泊まる事にしたんだ。それで、着替えとか持ってきて欲しかったんだけど……仕方ない、一度取りに帰るよ」 「あ、じゃあ私が持ってってあげる。今日宿題もないしヒマだから」 「え?そうか?でも歩きでくるの大変だろ」 「平気。いつも学校まで歩いてるもん、慣れてるし」 冬実の通う中学は診療所の近くにある。 「そうか……じゃあ頼もうかな。悪いな、ちょっと忙しくしてるもんで、助かるよ。でも冬実、父さんの着替えどこにあるかわかんのか?」 「わかるよ、それぐらい」 冬実は笑って答え、父から必要なものを聞くとそれらを揃え、紙の手提げに詰めた。 変質者騒ぎのせいで母に遅くなってからは外出するなと言われているが、まだ夕方には大分間がある。おじいちゃんとこでおやつもらっちゃお、本屋さんも行きたいし。などと思いながら冬実は足取り軽く家を出た。 大通りに差し掛かった時――どことなくおかしな様子をした男が向かいから歩いて来るのが見えた。 なにがヘンなんだろう?冬実はやや不思議に思いながらその男をこっそり眺めた。近くに来てやっと気付いた。着ているコートにソデが無くて、なんだか大きなてるてる坊主のような格好なのだ。顔はコートと同じ地味な色の帽子を深く被っていて、鼻から下しか見えない。 なんだかいやだな、そう感じたところで男が正面に来た。冬実は仕方なく一旦立ち止まって身体を歩道の端に寄せ、やり過ごそうとした。しかし男も、冬実の前に立ち止まってしまい動かない。怖くなってきて、冬実は彼の脇を走ってすり抜けようとした。だが男の体がす、と横に動いて冬実の行く手を阻む。まさか――変質者?そんな。まだこんなに明るいのに。 思わず下から男を見上げた。と、その顔は――口と鼻は人のそれなのだが、これは……眼?なのだろうか?つやつやと光る真っ黒で巨大な豆のようなものが――眼があるはずの位置にはめ込まれていて――それはまるで……虫の…… 冬実は青褪めて悲鳴を上げながら後じさり、逃げようとしたのだが、その冬実の前で男は奇妙な服の裾を持ち上げ左右にぱくりと開いた。内側に気味の悪い、巨大な目玉の模様がある――その直後、冬実の視界が砂のような埃のような細かい粉に取り巻かれて塞がれ――次いでなにもわからなくなった。 泰孝は診療所で冬実が来るのを待っていたが、日が傾きだしたのを見て、これは忘れられてるのかもしれない、と考え、もう一度家に電話をかけた。出たのは竣平だった。 「あ、竣平か。母さんまだなのか?」 「うん……あ、今ちょうど帰ってきたよ。なに?」 泰孝は、冬実に着替えを頼んだがまだ届いていない事を話した。 「冬実、俺うち帰ってきたときもういなかったけどなあ。寄り道してんじゃないの?診療所の近所に友達住んでるって言ってたから」 「ああ、じゃあそうかも……上がり込んで遊んでんのかな。だったらじき来るだろ、そろそろ夕飯時だし。しかしこの時間じゃ一人で帰すの心配だな。竣平、お前迎えにきてやってくれないか?」 「ええ~、めんどくさいなー。今帰ってきたばっかなのに」 「冬実は文句も言わずにお使い引き受けてくれたのになあ……じゃあ小遣い五百円やるから来てくれよ」 「安すぎー!小学生じゃないんだからさあ。千円だったら行くけど。文句いわないったって冬実のやつはどっかで道草食ってんでしょ。アテになんないんじゃん」 「そうだけどさあ……ううん、しょうがない、千円やるよ……冬実にも菓子ぐらい買ってやれよ?」 やれやれ、高いボディガード代だな、ぶつぶついいながら泰孝は電話を切り、しばらく待ってみたが冬実は現われない。どこにいるんだろう。 外はますます暗くなった。さらに心配になりだした頃、診察室の外の廊下を、あのレスラーのような大柄な男が奥にある病室へ向かって歩いて行くのが見えた。なにか古びた鉄鍋のようなものを捧げ持っている。 そういえば彼らは食事はどうしてるんだろう。この辺りにはたいした店も無い。母が用意してやってるのだろうか?あの子も今日は粥ぐらいは食べられるだろうし。ふとそう気付いて泰孝は診察室を出、男の後を追って病室に足を一歩踏み入れた。 男たちはそこに三人揃っていて、ベッドに半身を起こした少年の持つ碗にさっき見た鉄鍋の中身を取り分けてやっている。何かの汁物のようだ。だが―― 泰孝は思わず 「それ……なに!?」 と大きな声を上げてしまった。 鉄鍋は木蓋を開けてベッド脇の物入れの上に置かれ、泰孝の位置から中身が見えた。それはとろりと暗い赤色で、表面には白っぽいものが浮き、まるで――なにかの肉片を血で煮込んだもののようだった。 ベッドを囲んで立つ三人は、表情を変えず物も言わず、薄暗い病室の中から泰孝を見据えている。 「それ――血みたいな――いったい、その子になにを食べさせてるんだ!?」 つい声が震えた。するとそこに――竣平がいきなり駆け込んできた。 「父さん!冬実が――どこにもいない!」

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