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第9話
泰孝は慌てて竣平と病室の前の廊下へ出た。
竣平の話を聞いて心配した母が心当たりの友達に電話で確認したが、どの家にも来ていないとのことだった。その後母と手分けして近辺を探しながら診療所まで来たが、妹の姿は途中どこにも見当たらなかった、と言う。
「じいちゃんちにもいないし、こっちにも来てないでしょ!?どうしよう」
竣平は青ざめている。
「落ち着け。ええと、ほんとに心当たり全部電話したのか?」
「うん。母さんがそう言ってた。町で行きそうなとこも全部見てきた。でもいないんだ」
「店とかは?ひょっとして市内まで遊びに行っちまったんじゃないのか?」
規模は小さいが、市の方には映画館やゲームセンターなど遊び場がいくつかある。
「でも母さんにも父さんにも言わないで冬実が勝手に市内まで遊びに言った事なんて今まで一度もないじゃないか。ここらへん、こないだも中学生がいなくなってるんだろ、なあ父さん、もう真っ暗になっちゃったよ!?どうしたらいい!?」
竣平がこんなにうろたえているのは始めて見た――泰孝はそう思いながら
「警察に連絡しよう。まだしてないだろ?」
と声を抑えて言った。
二人に病室の中から、あの白スーツの男が声を掛けた。
「若先生?どなたかみえなくなったんですか?」
「え?あ、ええ。中学生の……娘が」
「娘さん?」
「ええ、診療所へ来るはずだったんですが……まだ着かなくて」
「さがすのでしたら我々もお手伝いしますが」
「ありがとう……あの、とりあえず警察に連絡してきます」
息子を促しながら廊下を戻ろうとした泰孝の視界に、こちらを見つめているベッド上の少年の姿が入った。彼はまだあの碗を抱えている。あの赤い物は……だが今はそれどころではない。泰孝は電話へ走った。
地元の警察官と消防団の青年達が集められ、皆で近辺を探すことになった。
泰孝はこうしてる間に、ひょっこり冬実が現れないかと願ったがそうはならなかった。
隣を歩く妻の美雪は泣き出しそうな顔をしている。
「ごめん。俺が使い頼んだりしたから……」
「お父さんのせいじゃないわ。きっと大丈夫よね?」
「うん。大丈夫だ」
妻の肩を抱いて頷いたが泰孝は不安だった。
それから夜中すぎまで手分けして捜索してもらったが、冬実は見つからなかった。警察が一旦捜索を打ち切ったあとも、泰孝達は懐中電灯を下げ、冬実を捜して町内をあちこち歩いた。
翌朝捜索が再開され、今度は新興住宅地に続く山の中や、市の方も探すことになった。平日だったが竣平と泰孝も探すのに加わった。
竣平は山の方を探すため、住宅地の裏手にあるコンクリートの擁壁によじ登った。そこから獣道に入れる。
藪に半分覆われている獣道を辿って歩きながら竣平は考えた。本当は……冬実が一人で山に入るなんてありえない……父が探しに行っている市内だってそうだ……あいつは、親に心配をかけるような勝手な行動は絶対しない。だけどとにかくこうして探すしかない……
ふいに話し声が聞こえた。擁壁の下にある、住宅街の外周を巡る道を数人が連れ立って歩いているらしい。捜索に参加している町の人々のようだ。
「――先月も近くで一人子供がいなくなったばかりだって言うのによ、こんな立て続けに……」
「やっぱこの山切り開いたりするからだよ。昔は神隠しがよくあったって言うじゃねえか」
「古くさいなお前は……前にいなくなったのはここじゃなくて隣町だったろ。山は関係ないよ」
「そうか……車かなんかに押し込まれて連れてかれちまったんじゃないのかなあ」
「それだとここら探してもムダだな……」
そんな風に言いながら声は遠ざかって行った。
車で連れ去られて――そうかもしれない。だとしたら……竣平は唇を噛んだ。
すると突然、目の前にこげ茶色の物体が現われて、竣平はうわっ!と悲鳴を上げた。
「あ、ごめんごめん!そこにいるの気がつかなかった」
見るとそれは、頭髪も来ている革ジャンもこげ茶色の、目の大きい痩せた若い男だった。
この人たしか――昨夜診療所にいたな。特徴あるから覚えてる。そう思いながら、一体どっちから来たのかと辺りを見回した。藪をかき分けて近づいてくる音は聞こえなかった。
男は首を傾げて竣平の顔を見る。その目は妙に鋭く、一瞬金色に光って見えた。
「あんた、若先生の息子さんだね。なにやってんの」
「妹さがしてんです」
竣平は少し俯いて答えた。それから吐き捨てるように
「こんなとこ探しててもムダかもしれないけど」
と呟いた。
「どこでいなくなったって?」
「わからないです。誰も妹の姿見た人がいなくて。でも多分、うちから診療所に行く途中」
「ふうん。ちょっと待ってて」
男は丈の高い藪の中に姿を消した。
ちょっと待ってて?
どうしよう。竣平が考えていると、彼は大きな男を連れて戻って来た。この人も診療所にいたな。竣平が頭を下げると、こげ茶色の男は
「診療所の先生らは恩人だからな。手伝うよ」
と言った。大男が竣平に
「うん。おいら、鼻が利くんだ。その子がどこ通ったかわかるかい?」
と尋ねた。
鼻?からかってるにしては二人とも真顔だ。竣平はぽかんとしたが、大男が冬実が通ったはずの道を教えろともう一度言うので、仕方なく頷いて案内した。
一旦家の近くに戻る。
「多分……診療所へ歩いていくとしたら、この道を行ったはずなんだけど」
竣平は指差して言った。
「うん。女の子だよね?髪の長い」
「はい……あの、髪が長い、って……お兄さん、冬実を知ってんですか?」
「知らないけど、ここに影が残ってる」
カゲ?そう答えた大男は鼻をひくひくさせはじめた。竣平は、変わった人だ、と思ったが、彼もこげ茶色の男もすごく真剣に見えたので口は挟まなかった。
大男はそのまま歩き出した。
竣平はそれ以上道案内はしなかったのだが、彼はちゃんといくつかあるうちの角の一つを曲がり、冬実が使ったはずの道のり通りに進んでいく。
まさか冗談でなくて本当に冬実のにおいがわかるんだろうか?警察犬みたいに?竣平は不思議に思った。
やがて三人は住宅地の真ん中の道路に出た。そこから大男はさらに進み、公園の下の歩道まで来ると立ち止まった。
「どしたい?」
こげ茶色の男が尋ねる。
「ここでにおいが途切れ……ふ、ふあっくしょん!」
言いながら彼は盛大にくしゃみをした。
「ああ鼻がむずがゆくて駄目だ。鱗粉が……」
こげ茶色の男が顔をしかめて言った。
「やなカンジだな。女の子がいなくなったとこに蛾の野郎の鱗粉が散らばってんのか」
鱗粉?蛾?一体なんの話だろう。竣平は二人の顔を交互に見、次いで彼らが見つめている路面へ視線を移した。変わったものは特にない――が、そこに人影が黒く落ちている。すぐ上の公園の端から誰かがこちらを見下ろしているようだ。気づいた峻平が仰ぎ見ると、その人影はすっと公園の中に引っ込んでしまった。
「あ?ちょっと!」
竣平は不審に思ってすぐ先にある出入り口の階段へ走り、それを駆け上がった。
と、一体どこから上がったのか、すでにこげ茶色の男が公園内にいた。彼は片腕を伸ばし、高校の制服を着た男子学生の襟首を捕まえている。
「瑞生……?」
同じクラスの瑞生だった。瑞生は大人しく、あまり打ち解けないので竣平は今まで特に彼と言葉を交わしたことはなかった。
竣平の後ろから大男が階段を上がって来て瑞生に向かって言う。
「お前、見てたな?」
「み、見てたって……見てちゃ悪いかよ!?放せ!」
瑞生は、焦げ茶の男の手を振りほどこうともがいている。
「違う。お前昨日見てただろ。女の子がいなくなるとこ」
「なんだって!?」
竣平は叫んだ。
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