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第12話 山の話4
――おいら達はいつものように、棲 み家 の中央にこさえてある囲炉裏で、山でとってきたもので作った汁を飲んでいた。
寒い季節で、外には風がびょうびょう吹いて……だから最初戸がガタンといった時も、風が吹き付けただけと思い気にもしなかった。なのにいきなり小屋の中まで風が吹き込んで――囲炉裏の炭から火がぱっと燃え上がったもんで、びっくりして振り返った。そしたら戸が開いてて――そこには真っ青な顔をしたカエデが立ってたんだ。
別れてからもう――何年も経っていたから、カエデはすっかり大きくなってしまっていた。
でもすぐカエデだってわかった。たとえどんなになってても、カエデのことはおいら達すぐ分かる――だって、カエデだもの。
カエデは唇をわずかに動かして何か言いかけたけど、そのままぱったり前に倒れこんでしまった。見ると背中が血だらけで――おいら達みたいにヒトを喰う妖怪に襲われたんだろう、右肩から左腰にかけて、肉がごっそり削ぎとられてた。びっくりして急いで傷を布で覆い、寝床に横たわらせて水を飲ませてやったけど、カエデの顔は真っ青で、よくなかった――かなり、よくなかった。
ぎいちゃんは急いでかくれ里のばあさんに教わった怪我した時の薬草を探しに行った。おいらとくまちゃんはなんにもできなくて、ただカエデの傍らについてやっていた。
カエデがたった一人でこんな山奥まで来るのは容易じゃなかったはずだ。どうしてそんなムチャをしたんだ――それにおいら達の記憶は――ばあさんが消してくれたはずじゃなかったのか――
おいらがそんなことを呟いていると、カエデがぼんやりと目を開けた。
ずっと――みんなのことを想っていたよ。
カエデは小さな声で言った。
くまちゃんと、ぎいちゃんと、とんちゃんのこと。
人里に連れて行かれてから、あちこちいろんな場所を転々として、いろんな人と暮らしたけど、人は誰も、僕を本当には受け入れてくれなかった……きっとここは、自分の居場所じゃないんだ、そう感じてずっと寂しく、苦しかった。
そうしてある日、預けられた先で仕事をしていたら、足を踏み外して高い所から落ちてしまった。自分はもう死ぬんだ、そう思ったのだけど、その落ちた瞬間、ほんの短い間だったはずなのに、山で暮らした時の事をはっきり何もかも思い出したんだって。
会いに行きたい。自分を育ててくれた優しいみんなに――もう一度、くまちゃんと、ぎいちゃんと、とんちゃんにどうしても会わなきゃ。そう思った、って。
運が良かった事に、落っこちた先は植え込みだったので、カエデは木に受け止められて死なずにすんだ。そうしてその怪我が治ってからすぐ、おいらたちの処に戻ってこようと思って、記憶を辿って出発したんだそうだ。
ここまで来るのに、すごく……すごく時間かかっちゃった。
そう言ってカエデは微笑んだ。
カエデの手足は――傷だらけでぼろぼろだった。
こんなになってまで戻ってきてくれるなんて。
おいらは嬉しかったけど、悲しかった。
その間にもカエデの傷からは血が流れ続け、どんどん弱ってくようだった。背中を押さえた布が次々真っ赤に染まっていく。
カエデが死んじゃうよ。どうしよう。おいらはそう思ってたまらない気持ちになった。くまちゃんは隣でおいおい泣き出してしまった。
カエデは――おばあちゃんに聞いたけど、とんちゃんたちはヒトを食べるんでしょ、と囁いた。おばあちゃんて、あの隠れ里のばあさんかい?訊くとカエデは頷いた。
ここに来る途中隠れ里に寄ったんだ。そしたら、会いになんか行ったらきっと食べられちゃう、だからダメだ、っておばあちゃんは言った。けど、それでも僕は戻りたかった。あのまま人里に住んでても、みんなのことを思い出した後では苦しくて寂しいばかりだし、それならここでみんなに食べられた方が僕にはずうっと幸せなんだもの。
喰うわけないじゃないか、カエデのことを。
おいらがそう言うと、カエデはまた微笑んだ。
そんなこと言わないで、僕が死んだら食べてよ……さっき知らない妖怪に襲われて、食べられそうになったけど、全然怖くなかった。でもとんちゃん達のとこに絶対行かなきゃって思ったから、一生懸命逃げてきた。僕の体は、とんちゃん達のものなんだもの。他のやつになんか食べさせたくない。傷も――もう痛くないよ。痺れたみたいになってるから。
そう言いながらカエデはもう、だんだん意識がなくなってるみたいだった。
ぎいちゃんが薬草を持ってもどってきた。とりあえずそれで手当てしたけど、カエデの体は冷たくなりかかってる。
おいらはふたりに言った。山の神様にお願いしよう。なんでもするからカエデを助けてください、って。ふたりは頷いた。
それから神様のところへお願いしに行った。
御 前に伏したおいら達に神様は、妖怪につけられた傷は普通に手当しても治せない。しかしおいら達の血肉を使えばカエデは助かるかもしれない、と仰った。
おいら達の血を絞って飲ませてやり、肉を削って喰わせてやるんだけどできるかって尋ねられた。
そんなのどうってことない。おいら達、あんたらと違って肉を削ってもすぐ血は止まるしな。それにカエデが助かりさえすればおいら達はどうなったって良かった。
でもそうすると、カエデは純粋な人間ではなくなってしまうし、これから後も生きてる間はずっとおいら達の血肉を与え続けなきゃならない――そうしないとせっかくふさがった傷が元に戻って、また開いちまうそうだ。
助かった後にカエデがそれをどう思うかわからない、って神様は仰った。そんな体になってまで、カエデ自身は助かりたいと思うかな、って。
でもおいらたちは、そんなことどうでも良かった。カエデを、せっかくおいら達の元まで戻ってきてくれたカエデを、あのまんま死なせたくなかったんだ。
そうして神様に教えられたとおり、おいら達はそれぞれ自分の血を絞って肉を削り取った。
寒かったから鍋で煮てあったかい汁にし、もう動けないでいるカエデの口に、少しずつ少しずつ、流し込んでやった。
おいらこの子が赤んぼだったときのことを思い出したよ。
あの時、初めは乳を飲まなくて、死んでしまうかと思ったよな、って。
そうしてるうちカエデは、自分で汁を飲み込みだして――血が増えたのか顔色もだんだん戻ってきてうっすら目を開けた。おいら達が顔を寄せて覗き込んでるのを見ると、なんだか何もかもわかってるって風ににっこり笑った。まだその時にゃ、自分を生かしてるのが妖怪の血肉で――もう普通のヒトじゃいられなくなっちまったってことは話してなかったんだけどね。でもおいらはその顔を見て――もう大丈夫だ、カエデは、おいら達の決めたことを受け入れてくれたんだ、そう感じてすごく嬉しかった。
やがて傷からの出血もすっかり止まり――そうしてカエデは、命をとりとめたんだ。
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