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第13話
「そうだったんだ……」
カエデの説明を聞き終わり、竣平は呟いた。
「うん。そうしないと、ふさがった背中の傷がまた開いちゃうんだって。だからみんなには悪いんだけど、こうして血肉を分けてもらってる……」
「悪くなんかないさ。カエデが死ぬ方がよっぽど悪い……」
やぎがカエデに鍋の赤い汁を取り分けた碗を渡してやりながら言った。サングラスのせいで彼の表情はわからないが、その声音はいたわりに満ちていた。
カエデが食べ始めたので竣平は、じゃあまた後で、と挨拶し、診察室の父のところへ向かった。休診日だが、なにかやることがあるらしく父はこちらにいる。
「父さん、ちょっといい?」
「お、竣平か。珍しいな。今日は予定無しか」
「うん……父さんに……話しておきたい事あってさ……」
信じてもらえないかもしれないけど、と前置きして竣平は、冬実を見つけたとき実際には何があったかを全部話し、今しがた病室で見た、カエデと呼ばれている少年が食べていたものの事と、その理由も説明した。
途中から父は机の上で仕事していたのを止め、竣平の方に椅子を回して向き直り、腕組みして真剣に聞いていた。竣平が話し終わると
「そうか」
とだけ呟いた。
「……父さん、こんなおかしな話……信じてくれる?」
「うん。信じるさ。だとしたら……いろんな事に納得がいくからな」
父は力強く頷いて見せ、竣平をほっとさせた。
「良かった、馬鹿げたこと言うなって叱られるかと思ってた……あの、いろんな事って?」
「ああ……あの男の子が最初ここへ来た時の検査結果、すごく悪かったんだよ……白血球数とかいろんな数値がね。それだけ見たらここの設備じゃ治療できないほどの重態になってておかしくなかった。でも実際の症状はそこまで重くなかったからずっと不思議だったんだ。けど、彼は父さんの知らない治療、というか助けを既に受けてたんだね……」
父はもう一度頷いた。
竣平には、父が自分の話を驚きも疑いもせず受け入れてくれたのが意外だった。が、嬉しかった――父も彼らから、何か普通ではないものを感じ取っていたのかもしれない――
「彼らが人ではないとしても……まああの男の子は話を聞く限りは人間なんだろう、あの子が治るまでは医者として責任もってきちんと世話するよ。それになにしろ、彼らは冬実を救ってくれた恩人だし……」
父はそう言って立ち上がった。
「さて、と。たまには親子で飯でも食いに行くか。あの子の世話は、今日は親父に頼んでおくよ」
「え?なんか仕事あったんじゃなかったの?」
驚いた俊平に父は笑って
「あの子の検査結果の辻褄が合わないのが気になって調べてただけ。お前の話で無事に解決したから、もういいんだよ」
と答えた。
一方その時……
瑞生は自分の部屋でベッドに寝転がっていた。なんだかひどく疲れている。
家族や近所の人々は、瑞生が行方不明だった女の子達を見つけた事をよくやったと褒めてくれた。が、本当は――自分は一度あの子達を見殺しにしかけたのだ。賞賛されても後ろめたいだけで――全く喜べなかった。
さきほど竣平の母が電話で礼を言ってきた。女の子はすっかり元気らしい。でも一応今日はゆっくりさせて、後日改めて挨拶に来たいと話していた。
わざわざそんな事しなくていいのに。
瑞生は思いながら天井を眺めていた。
神保も親にそう言やいいんだ。礼に行く必要なんかないって。俺が、化け物が怖くて知らないフリしてたことあいつはわかってるんだから。
瑞生は――あの恐ろしい姿に変化した男たちに詰め寄られた時――竣平が自分の事を、友達なんだから、と彼らに訴えた事を思い出していた。
神保って……ヘンなやつだな……あいつと親しく話した事なんか今まで一度もなかったのに……あんな時ああやって庇ってくれるなんて。
突然、閉め忘れていた窓にかかったカーテンが大きく揺らぎ、同時に生暖かい風が部屋に吹き込んできて瑞生の体を撫でた。外を見ると薄暗く、雨が降りそうな空模様だ。瑞生は窓を閉めておこうと立ち上がった。
その時、あの男の声が瑞生の周囲に不気味に響き渡った。
「君は私達を裏切ったね――この恨みは忘れないよ」
瑞生は驚き、咄嗟に首を縮めた。
「それはまだお返しの序の口だ。そのうちもっと……ずうっと恐ろしい目に遭わせてあげる」
恐怖で身が竦んだが、必死に気を奮い立たせてカーテンを掴み、ばっと引き開けた。窓から外を覗く。あの蛾男がそこらを飛び回っているのではと思ったがなにもいない。瑞生は
「来るなら来たらいい!仕返しでも何でもすればいいや!」
と空に向かって叫んだ。女の子達の事を黙っていた間、自分が弱虫で惨めな卑怯者だと感じ続け、すごくいやな気分だった。あんな思いはもうたくさんだ。
そこへ母が来た。
「なあに?大きな声出して……?」
瑞生を見ると母は、なぜか急に悲鳴を上げた。
「ちょっと!いったいどうしたのよ!?それ!?」
「え?それ?って?」
母の視線を追って自分の胸元を見下ろすと、シャツが横に裂けてその下の肌に切り傷がぱっくり開いていた。それに気付いたとたん、ずきずきとした痛みが襲ってきた。
傷はその胸の一箇所だけではなかった。顔と首、肩の辺りも切られている。
かまいたちだ。瑞生は思った。あの蛾男がやらせたんだ。
母が慌てて傷の手当てをしてくれたが、血がじわじわと出続けて止まらないという。平気だと言ったが母に無理矢理、神保医院まで連れて行かれた。
建物の前まで来ると、丁度竣平とその父が連れ立って中から出て来たところだった。
「あ!若先生!いらして良かった……お休みのとこ本当にすみませんが、息子が怪我をして……どうか診て貰えませんか!?」
「え!いいですよ、入って」
「瑞生!どうしたの!?」
絆創膏だらけの顔を見て、竣平が驚いたように言う。
「血がちっとも止まらないんで心配で。この子ったら、どうして切ったかわからないなんて言うんですよ……」
母親は真っ青な顔をして二人に訴えた。
瑞生は心配して側に来た竣平に、小さな声で囁いた。
「あいつがうちへ仕返しに来たんだ。かまいたちにやられたんだよ……」
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