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第14話

竣平はカエデの病室に駆け込んだ。 「とんちゃん!大変なんだ、どうしよう。あいつが瑞生を襲ったんだ!」 「あいつ?」 窓枠に腰掛けていたとんびがのんびりした調子で尋ねた。 「冬実をさらったやつだよ!かまいたちを使って瑞生を切らせたんだ」 「ふーん」 とんびは窓に腰掛けたまま興味なさそうに言う。 「ふーんじゃないよ!助けてやってよ!あいつ瑞生を恨んでるんだ。きっとまた仕返しに来るよ!」 「助けるって、なんで?関係ないのに」 「関係ない……!?」 竣平が愕然としていると、ベッドに横になっていたカエデが半身を起こして訊いた。 「いったい……なにがどうしたの?」 「妹をさらってたやつが、秘密をばらした瑞生をひどい目に遭わせるって言ってるんだよ!とんちゃんってば!どうしたんだよ!?昨日は助けてくれたじゃないか!」 平然としているとんびを見て、竣平はじれて叫んだ。 「だって……さらわれた子は若先生の嬢ちゃんだもん。若先生はカエデの恩人。だから助けた。でもそのミズオってやつはおいら達にゃ関係ない。だからどうでもいい」 「ど、どうでもいいって……!?そんな!なんでそんなに冷たくなっちゃったの!?」 「冷たくなったと言うか……この人達、ぼくらとは違うから……基本的に、ヒトの生き死ににはあまり関心がないんだよ……」 聞いていたカエデが、静かな声で言った。 「でも!だって……君の事は助けてるじゃんか!」 「うん……でも、僕の事だって、いつ気が変わって食べるかわかんない」 「食べる!?ひ、人食いなの!?この人達……いや、人じゃなくてその……」 「山の中ではね。人の町にいる間はそんな事しないけど」 「食べやしないよ」 ベッドの脇の椅子に腰掛けて新聞を眺めていたやぎが呟いた。今の会話にも、うろたえる竣平にも、特に興味はなさそうな様子だ。 「なあカエデ、これ……なんて字だった?」 カエデは記事を覗きこんで答えた。 「いき、だよ。死体遺棄」 「シタイイキ、か。それは、どういう意味?」 「ええっと……死んだヒトを黙ってどっかに捨てちゃう事。その記事は、犯人が不倫相手の女の人を殺して、死体をばらばらに切って海に捨てた事件について書いてある」 「海に?ふうん?なぜそんな面倒な事を?喰っちまえば簡単なのにな」 「言ったでしょ、ヒトはヒトを喰わないの」 カエデは小さな子にするような調子でやぎに説明した。 「喰わないのになんでわざわざ殺すんだ?……わからんなあ……」 やぎは首を捻っている。 竣平は思った。この人達……人じゃなくって妖怪か。この妖怪達、人を食べるんだとすると……俺らはこの連中にとっては、餌やなんかとおんなじようなものなんだろうか?それなら瑞生の身の危険なんてどうでもよくて当たり前なのか……。 冬実の事があって、すっかり彼らは味方だと思いこんでいたのだが、違ってたんだろうか……俊平はがっかりしてしゅんとなった。 「殺人には……なにかそうする理由があるんだよ。憎いとか……いろいろ」 「どうもめんどくさいようだな、ヒトって生き物は」 やぎはため息をつき呟いた。 「……君、は……おっかなくないの……?この……ぎいちゃん達、の事……」 竣平は思わずカエデに訊いてしまった。 「ないよ。僕は別に、ぎいちゃん達にならいつ食べられたっていいんだもの」 その言い方があまりにも屈託が無いので、竣平は、カエデも……普通とは違うのだろうか、と疑った――やぎは椅子から立ち上がるとベッドのカエデの肩を抱き寄せ、頬ずりしながら言った。 「……だから喰いやしないって。カエデは特別なんだから。なんども言ったろう?」 そのやぎに、一瞬恐ろしい何か別の姿が重なって見えた気がして、俊平は慌てて目をこすった――なんだかカエデは……獰猛な獣らに懐かれている調教師のようだ。 「ん、そうだったね。……ええっと」 カエデはやぎの言葉にはあまり取り合わない風に答え、続いて 「じゃああのね……助けてあげてくれない?ええと、ミズオくん、だっけ?」 とこちらを見て訊いた。俊平は頷いた。 「ミズオくんの事、仕返しされないように守ってあげてよ」 「なんで?」 やぎが尋ねる。 「ミズオくんがひどい目にあったら、坊ちゃんが悲しむからだよ」 「なんで悲しむ?」 「ミズオくんは、坊っちゃんの友達だから」 「トモダチ?わかんねえなあ……」 とんびが空を見ながらぼんやりと呟いた。 「とんちゃんはくまちゃんやぎいちゃんと友達だろ?」 竣平は必死で言い添えた。 「ぎいちゃんたちがもしやられたら、悲しいだろう?」 「いや。別に……」 とんびが答える。 「別に、って……!?」 竣平が絶句していると、カエデが言った。 「このヒト達、死なないんだよ。いや、ええと、死ぬんだけども、たとえばこのとんちゃんが死んでも、すぐべつのとんびが(しょう)ずるんだって」 「生ずる……?」 「またどっかから出てくるらしい。だからこのヒト達は子供も産まないし増えも減りもしない。山に常に一個体。それが山神様の決めた数」 なんだかよく分からない。竣平は考え込んだ。 「分からないよね……隠れ里のおばあさんから聞いただけだから、ぼくもよくわかんない。神様の山には何か決まりみたいな……均衡を保つためのルールがあるらしいから、そういうような事ではあるんだろうけど……。妖怪ってぼくらよりずっと長生きだから、このとんちゃんがいつか死んだとして、次に新しく生じてくるっていうとんちゃんが、今と同じとんちゃんのままなのかどうかを知る事もできないし……でもとにかく、生死だとか、存在の意味が……ぼくらのような生き物とは全然違うみたいなんだ」 「……カエデは一人しかできないからな。このカエデが死んじゃったら終わりだ。だから大事なんだ」 やぎはまたカエデを抱いて、愛おしげに頬を摺り寄せている。 「あ、それだよ!」 カエデが思いついたように声を上げた。 「坊っちゃんの友達のミズオくんも、もし死んじゃったら終わりなんだよ。だから助けてあげてよ……」 やぎは顔をしかめて考え込んでいたが 「まあ……カエデがそう言うなら助けようか」 と返答した。 カエデは竣平を見て 「これで大丈夫。一回約束したら、このヒト達絶対に守ってくれるから」 と言った。竣平は不安だったが頷いた。 三人を連れて診察室に戻ると、泰孝がまだ瑞生の手当てをしている。 「え、まだ終わってないの?なんか、いやに時間かかってない?大丈夫?」 竣平が不安になって尋ねると、泰孝が答えた。 「傷は深くないんだが……なぜだか出血が止まらないんだよ。止血剤も効かなくて」 とんびが瑞生の傷を指差した。 「若先生、その傷、鱗粉がついてる」 「鱗粉?」 「うん。かまいたちの刃にあの蛾が自分の鱗粉を塗りつけといたんだろ。タチの悪いやり方だよ……それ、薬草の汁で洗わないと落ちないぜ。丁度あそこに生えてる」 とんびは窓から見える庭を指差した。目がかなりいいらしい。遠くから指差されても分からないので竣平は庭に走り出ながら訊いた。 「どれ?とんちゃん、どこにある草?」 「そこの柳の下。赤い実がついてる、丸い葉っぱの」 竣平は急いでその草を集め窓から父に手渡した。泰孝は半信半疑のまま戸棚から乳鉢を出してきて草をすりつぶすと、その汁を付けたガーゼで傷をぬぐってみた。するとあれだけ続いた出血が徐々に収まっていく。 「すごい……」 泰孝は目を丸くした。 「普通の止血じゃ全然効かなかったのになあ」 「鱗粉は毒があるからね」 とんびが言う。 「ありがとう……」 竣平が言うととんびは答えた。 「礼にゃまだ早いと思うよ?蛾の野郎をとっ捕まえないとな」 そして伸びをひとつして、くまに向かって言った。 「さて。じゃ、行こうか」 「行くって……どこに?」 廊下を歩き出したとんびに竣平は訊いた。 「昨日の山。その蛾をやっつけて欲しいんだろ?」 「そうだけど……今?すぐ行くの?」 「めんどくさいことはとっとと済ませてえんだよ。腹も減るしさ。ぎいちゃんは?行く?」 「まあ、カエデが言うからな」 とんびは竣平を振り返り、 「そういうこったから。気が変わらないうちにな」 と言い、すたすたと廊下を歩き外へ出て行った。やぎとくまも後に続く。 竣平は慌てて追った。が、庭に出ると三人の姿はそこにはもう無い。表の道に出てどちらへ行ったのかと見回していると突然、ごう、というような地鳴りが起こって辺りが揺れ、よろけて転びそうになった。地震だろうか?と、一瞬だったが、何か大きな黒と白の、空気の塊のようなものが峻平の目の前を吹きすぎて行った。 診察室の中へ戻って、そこにいた泰孝たちに 「今……地震あったよね?」 と訊ねるとおかしな顔をされた。 「いや?気付かなかったが?」 「本当?あんなに揺れたのに……」 竣平は首を傾げながら瑞生に 「怪我もう大丈夫だったら、ちょっといい?」 と訊き、頷いた彼をカエデの病室に案内した。付き添ってきた瑞生の母は、泰孝がこれでもう大丈夫と言うと安心し、帰って行った。

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