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第15話

「ああ……痛そうだね……大丈夫……?」 病室に入っていくと、カエデがガーゼを貼り付けている瑞生の顔を見て心配した。 「大したことないよ、もう血も止まったし」 瑞生は答えて笑って見せたが、その途端、あ、いてて、と顔を歪めた。 「顔動かすと痛え……」 「今笑わせない方がいいな。あの、こいつが瑞生。妹見つけてくれたんだ」 「あれじゃ見つけたなんて言えないよ……」 瑞生はきまり悪げに俯いた。 「そんなことないよ。お前の話がなきゃもっと時間かかって、どうなってたかわからないんだからさ。あそうだ、俺の名前もまだ言ってなかった……俺、竣平。瑞生、あの、この人……」 「僕、カエデ。ほんとは卯月四郎(うづきしろう)っていう書類上の名前があるんだけど、ぎいちゃんたちがつけたカエデって呼び名の方がホントの名前と思ってるんだ。だからそっちで呼んでもらっていいかな?」 言いながらカエデは微笑んだ。 「書類上の名前?」 「うん。僕、親いなくて身元もわからなかったから、施設に引き取られた日の日付が名前になってるんだ……あの、とんちゃんたちは?」 竣平は困って答えた。 「なんだか……気が変わらないうちにとか言ってもう行っちゃったんだよ。あのさ、瑞生、あの気味悪い奴らのことは、あの兄さん達が何とかしてくれると思うんだ。カエデくんが瑞生を守るよう頼んでくれたから。だからもう襲われない、と思うんだけど……」 「ありがとう……でも、あの蛾男、得体が知れないよ……」 瑞生は不安そうに答えた。 その頃、とんびたちは山の廃ホテルにいたのだが、見つけたのは潰れて食い荒らされた卵の殻だけだった。 「いないようだな。逃げたのかな」 やぎが辺りを見回して言う。 「そうかもね。餌をとられちまったからここはあきらめて他所へ移ったのかも。ああもう、鱗粉のせいで鼻がムズムズしやがる……かまいたちどもも足元ちょこまかしやがって、イライラするなあ」 くまが手を振り回しながら言った。 「そうやって暴れるから余計鱗粉が舞うんだよ。かまいたちも怖がって走り回るしさ。でもこいつらも気の毒にな。元締めになる妖怪があんなしょぼい虫の変化物じゃ」 とんびが言う。 「おいら達みたいな……大型の連中が人里からもっと離れた山に移動したとき、着いていきそびれちまったんだな……」 崩れ落ちた壁にはまり込んで丸まっているかまいたちの背を、翼の先をヒトの手に変化させ、とんびは掻いてやった。かまいたちは気持ちが良いのか、茶色い体を伸ばして震わせている。 「よしよし……ヒトの手も、こういう時は便利だよな。おいらの肢じゃ引っ掻いちまうもの」 そうしながらとんびは懐かしそうに 「昔カエデによくこうやってあちこち掻いてもらったよな。俺はあれで……ヒトの手って気持ちいいんだってわかったんだよな……」 と言った。やぎが目を細めて答える。 「そうそう。自分じゃ届かないとこ掻いてもらうにはカエデの手が一番良い。ありゃ最高だ」 とんびが呆れたように言った。 「最初はなるたけでっかくして喰うって事しか頭になかったぎいちゃんが、今じゃ一番カエデを可愛がってるんだもんなあ。わからねえもんだよ。くっつかれるのあんだけうっとうしがってたのに」 「ま、何事もやってみなけりゃな」 やぎは片手で頭髪をかき上げながら答えた。 「ぎいちゃん毎晩抱いて寝てるしなあ……いいよな、おいらだってカエデと一緒に寝たいよ。柔らかくてあったかいだろ、カエデは。いいにおいだしな」 くまがため息をつきながら言う。 「おまえは毛が(こわ)すぎて痛いからカエデが可哀想だよ。それに寝相が悪いからきっと潰しちまう……さてと、とりあえずカエデんとこに戻ろうぜ。変化モン連中、まだ仕返しする気なら追わなくともそのうち向こうから現われんだろ」 やぎが言い、二人も頷いた。 三人が山から病室に戻って来ると、カエデの姿がベッドの上に無い。 「ありゃ?どこ行った?」 とんびがきょろきょろしていると、病室の隅の床に瑞生が意識を失って倒れていた。 「おい、こりゃまずいぞ……」 とんびが駆け寄って抱き起こし、軽く頬を叩くと瑞生は小さくうめき声を上げた。 「蛾の毒にやられてんな……大丈夫か?」 瑞生は赤くなった目をぼんやりと開き、掠れた声でとんびに訴えた。 「神保と……カエデくんが、あいつに……連れてかれちゃった……」 とんびが目を丸くする。 「連れてかれたあ!?どこに!?」 瑞生は起き上がると、咳き込みながら話した。 「わかんない……あいつ急に窓から入ってきて……体がしびれて動けなくなって……俺と神保を捕まえに来たって言ったけど、カエデくんを見たら、こっちの方が餌には良いって……三人は運べなかったみたいで俺は置いてかれたんだ……」 とんびは額に手を当ててうなった。 「しまったなあ……誰か残してきゃよかったぜ……」 瑞生を助け起こしてベッドに座らせる。 「しっかりしな、あいつの毒はヒト死なせるほど強かないから、一度くらっただけなら時間経てば治るよ」 「くま」 やぎが鋭い声を発した。瑞生はそちらに目をやってぎょっとした。彼も人間じゃないことはとうに分かっているが、サングラスを外した所を見たのは初めてだった。両の瞳が――真っ赤に光っている。 くまは既にあたりを嗅ぎ回っていた。 「飛んでってるけど、鱗粉がにおうから分かると思う。でも急がないと。空模様が怪しいから、雨が降り出したら流れっちまって面倒だ」 「うん。行こう」 とんびが頷き、三人の姿はごうっという風のうなりを残して忽ち消えた。 泰孝がやってきた。 「今なんか……地鳴りみたいな音しなかったかい……?ありゃ?ど、どうしたんだ!?」 ベッドに腰掛けたままへばっている瑞生に、泰孝は駆け寄った。

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