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1.GISELLE -4

 あつくて、くるしくて、きもちわるい。  どうしてあの人はたすけてくれないんだろう。いままでの人は、みんなたすけれくれたのに。  みたされない。ものたりない。せつない。  おなかがすいた。はやく、はやく、ほしいのに。からっぽのからだに、あついものをそそいでほしい。みたしてほしい。あつい、あつくて、おかしくなる。  ここはどこだっけ。あの人はだれだっけ。  なんにもわからない。めのまえが、まぶしくて、しろい。みえない、こわい、あの人はどこにいったの? ほしい、あの人に、ふれられたほほが、いちばんあつい。  だれかに、そばにいてほしい。  だいすきなひと。とうさん、かあさん。ああ、もういないんだっけ。どうしていなくなったんだっけ。ぐるぐる、めがまわる。さみしい、かなしい、からだがおくからひえて、またもえあがって。  たすけて、たすけて。  だれでもいいから。  私が部屋に戻った時、ジルベールは発情に耐えかねてあられもない姿を晒していた。強すぎるフェロモンに耐性のないベータの使用人たちを遠ざけておいてよかった。  中途半端に服を脱いで、自らの肉棒を扱く美しい青年。倒錯的とは今のような状況を言うのだろう。穢れを知らない天使が自らを淫靡に汚す様は、下界で暮らす人間の目には酷く衝撃的だった。抑え込んだ熱がまた私の頭をくらりと揺らす。  いけない。理性が飛ぶ前に、するべきことを。  私が近付くと、ジルベールは涙の膜を張った瞳で私を見上げた。熱っぽい視線には逃れ難い魔力が満ちている。私は何とか目を逸らしながら、携えてきた頑丈なオメガ用の首輪をジルベールに嵌めようとした。  ジルベールは腕を振って抵抗する。 「や、やだ」 「何が嫌だ。いいから着けろ、危ないから……。こら、暴れるな」  もう何が何だか分かってはいないのだろう。力の抜けた腕を払いのけるのは容易かったが、首輪を装着させるには邪魔が過ぎる。私を押し退けようとする腕は植物的にすらりと長く、下手に押さえ込めば折れるんじゃないかと錯覚するほど細く弱々しく見えた。  私は一度首輪を置き、慎重にジルベールの腕を掴んでその身体をひっくり返す。病的に軽い身体だった。うつ伏せにされたジルベールは、それだけで混乱したのか、一瞬大人しくなった。  その隙に、その無防備な首に首輪を嵌める。  オメガの保護具だ。 「ん、ぅ、きもちわるい……」 「我慢しろ」  肌感覚が鋭敏になっている今は確かに違和感が勝るだろうが、それが無ければ最悪、前後不覚に陥った私が噛んで番にしてしまう。  番にしてしまいたい欲は山々なれど。  ジルベールは呻きながら首輪を外そうとしているが、首の後ろで確かにかけたロックが解除されることはない。鍵は置いてきた。ジルベールはもちろん私にだって外せない。巷で昨今よく見かける、ファッション性を重視した保護具兼装飾具のような首輪とは全く異なるこれは、オメガの首を暴漢から守ることのみに特化した実用型。  それ故に肌触りは悪く、重さもあるから付け心地は悪いだろう。  その違和感が、他の知覚を抑えてくれればいいのだが。  ジルベールは自力で外すのを諦め、ぐずりながら私に擦り寄る。 「あぅ、う、やだ、たすけて……、も、だめ、だめなの……」  私の手を握り、そこに頬を擦り付ける姿はまさに発情した愛玩動物。私から溢れるアルファのフェロモンがヒートを促している。同時に、ヒートを抑えることができるのも、アルファだけ。  指先で目元をくすぐれば、それだけで感じ入った吐息を溢す淫らなオメガ。指を甘噛みされてはこちらも堪らない気分になる。さっき飲んだばかりのアルファ用抑制剤の力を信じつつ、この据え膳を逃すのかと喚き立てる自分がまだ生きている。 「せーえき、ほしい、いっぱい、おなか、そそいで……」 「……もう喋るな」  正直、迷う。  しかしやはり、ダメなのだ。  私はジルベールの顎を掴み、薄い唇に口付けた。ジルベールは一瞬驚いたように身体を強張らせたが、すぐに従順に舌を絡めてきた。貪欲にアルファを求めている。アルファの精液ないし体液を過度に欲するのは、オメガの中でもヒート症状が重い者に特徴的な欲求だ。さらに自我が暴走するとなれば重度。  舌遣いは巧みだった。  いったい何人の男をこの美しい沼に引き摺り込んだのか。  何度も吐息を絡め合いながら私は服を脱がしにかかる。抑制剤はよく効いている。絹のように滑らかなジルベールの肌は、私の乾燥した手で触れるのが躊躇われるほど。裾から指を滑り込ませて薄い肌を撫で上げれば、ジルベールは明らかに感じ入った嬌声を上げた。  そこに込められた期待。犯されることを望んでいる。  応えてやれないのが口惜しい。 「……ジルベール、私が誰だか分かるか?」 「あ、はぁ、ん、わ、わかん、ない……。ね、はやく、はやくぅ……」 「殺し屋だぞ。しかも年寄りだ。お前に酷いことをするかも」 「いい、いいです、ひどくして、おねがい」  言いながらまたキスを強請る。こんな行為でも、触れ合うことで欲求は僅かばかり満たされるのだろう。私は求められるままにその唇を受け入れた。そのままゆっくりとまたベッドに押し倒し、今度こそ服を完全に脱がせた。  全身がほんのりと朱に染まっている。  恥じらいも忘れた腕が私の首に回される。体温は驚くほどに高かった。風邪で発熱するのと同じだ。これでは苦しいに決まっている。私はその緩い拘束から逃れて、私は首輪と共に持ってきた「もう一つ」を口に含んだ。  ジルベールにも見えていただろうが、もはやそこに割く思考がない。  そのままもう一度、深く口付けた。 「ん、ん……?」  こくり、とジルベールの喉が動く。私は唇を離してその麗しい顔を覗き込む。ジルベールは発情でとろりと蕩けた青い目を、ゆっくりと数度瞬きした。 「ふぁ……、なに……んぅ……」  重たげなまつ毛が下がる。瞼が閉じる。  抗い難い眠気だろう。特別な訓練を受けたスパイ連中でさえ落ちる代物だ。  私は後押しのために、耳元に唇を寄せた。 「おやすみ、美しいお前」  夢に落とすまじないめいた言葉。  本能を剥き出しにしたジルベールは面白いほど素直に、睡魔の手を取って夢の世界へと落ちていった。

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