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第3話 罪音(3)
「悪かったよ。……検査はどうだった」
「これと言って変わったことは」
「そうか……」
竜司は定期的に脳の検査を受けている。症状が治ることが今後あるのかは不明だが、念の為に受けさせている。それで今日は不在だった。西野から今日眞玄が事務所に来ると聞いていたので、なんとなく会いたくなって歌いがてら一人で行ってみた。
久し振りに、心が動いた。
竜司以外のギターで歌うなんてことは、壱流にとっては本当に天地が引っくり返るような珍しさで、西野も驚いていたのだが、それは眞玄の技量を計る為だった。
竜司の曲を差し出すに相応しいか、否か。
去年壱流は初めて子供が生まれた。けれど普通の父親にはなれないことも充分理解していた。
男にはまったく興味が持てないのに、竜司に抱かれている。竜司がいなければまともに生きて行けない体になっていた。
竜司が、自分以外の誰かの為に曲を作ることの意味。
壱流だけが結婚して子供を作って、という状況が、なんだか後ろめたく、かといって竜司はすぐに記憶をなくしてまともな恋愛も出来ない。
壱流だけを求める。
だからこそ、あえて他の誰かの為に楽曲提供をする。壱流だけの為に、存在して欲しくない。
竜司は記憶障害を抱えてから、あまり音楽以外のことには関わらなくなった。他者と距離を置くのは、事情が事情だけに仕方ないのだが、それでも寂しいのではないか、と思う。
束の間の記憶でも、壱流以外の誰かと関わること。欺瞞かもしれないが、それは壱流には救いとなる。
自分が納得出来るような人材を探していたところに、昨日たまたま送られてきた動画。
面白いことをする男だ。三味線を自在に操り、まるでギターのように激しく撥を叩き付ける姿に、興味が沸いた。
もしかしたら眞玄にとっては、ありがた迷惑かもしれない。そんなことは百も承知だ。けれど、そんなこと気にしていたら壱流の目的はいつになっても達成出来ない。誰でも良いというわけではないのだ。
「壱流、とにかくさ、俺は昨日の動画しか見てねえし、そいつのギターテクを見たわけじゃない。なんか参考になるもん、ねえの」
考えていたら、竜司に振られた。確かにその通りだと、壱流は考える。
「そういえば、普段はバンドって言ってた。……プラグラインていう。ちょっと検索してみようか?」
「いや、あとでいい。ちょっと壱流のことやりてーから。風呂行きたいなら行ってこい。ベッドで待っててやる」
「―――」
「そんな酔っ払って潤んだ目で帰ってきて、無事で済むと思うなよ」
壱流は軽く舌打ちし、背中を見せ浴室に向かう。情事の前には絶対風呂に入りたい派だったので、ぐだぐだ言ってここでなだれ込まれても嫌だと思い、無言で承諾した。
昨日もしたのに、約束が違う、などと毒つきながらも。竜司には、一日はブランクを空けろと言っていた。
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