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第8話 罪音(8)
言ってから、言わなければ良かった、と竜司は後悔した。責任があるなんて言葉を壱流に投げかけるべきではなかった。竜司の記憶障害は、壱流に原因があると言っても良いのだ。そのことを、彼は気に病んでいる。
案の定壱流は少し考えるように俯いて、黙り込んだ。
「――今のは、言葉のあやだ。気にすんじゃねえ」
ぽん、とその頭に手を置いて、きれいな黒髪を触る。
もしかして、と竜司は思う。
自分が他の誰かと交流を持つのがどうの、というのは多分本当なのだろう。けれど、他にも何かある。
(多分、ほんとに単に気に入ったんだろうな……なんでか知らないけど)
竜司以外の誰かと、交流を持ちたいのは実は壱流ではないのだろうか。
常にべたべたしているような関係ではないが、それでも壱流は少し、他の誰かで気分転換したいのだろうな、という結論に至る。
壱流の妻であるまひるが、乳児と格闘中で、あまり構って貰っていない……というと語弊があるが、状況を把握している数少ない人間が他のことに気を取られている現在、壱流のメンタルのケアがずさんになっている可能性があった。
「なあ壱流。今夜はまひるさんとこに行けよ」
「……どうした? 竜ちゃんからそんなこと言うなんて、珍しい」
まひるはマンションの隣の部屋に住んでいる。夕食は一緒に摂るものの、基本的には別居婚のような感じだ。変な関係だが、ずっと以前からこんな感じでやっている。
「育児ノイローゼにならねえよう、ちゃんとねぎらってやれよなー」
「……ねぎらうって、具体的に何すれば?」
「え、なんだろな。まふゆ見ててやるとか、ご奉仕エッチ頑張ってみるとか、いろいろあんだろ」
「ご奉仕……ね」
つまらなそうに呟いて、自販機で桃の紅茶を買った壱流はそれに口をつける。
「でもまあ……赤ちゃんて、可愛いよな。……意味わかんないけど。もうちょっと大きくなって、意思の疎通でも出来たら、もっといい」
「もう一人くらい、作っとけば」
「避妊はしてないんだけど、今んとこ出来ないな。出来れば男も欲しいけど、まあ無理には。……なに?」
竜司が面白そうに見ているのに気が付き、壱流は不審な顔をする。
「おまえとこういう話、あんましないなと思って」
「……もうやめる。戻ろうか」
迂闊なことを喋っていたような気がして、壱流は口を閉ざした。
「だな。歌も聴いてやんねえとな。おまえの歌詞、どうやって歌うのか、聴いてみたいわ、俺」
「……ああ」
壱流の歌を入れたバージョンも、ちゃんと用意してあった。どれだけのものを聴かせてくれるのか、楽しみだった。
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