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第9話 罪音(9)

 打ち合わせしていた部屋に戻ると、眞玄が先ほど渡した楽譜をじっと睨んでいた。他のスタッフなどの存在は気にならないような感じで、黙々と音符やら歌詞を目で追っている。 「なんか気になるとこあるか?」  壱流が声をかけるまで、部屋に戻ってきたことも気付いていないようだった。ぱっと顔を上げて、眞玄は壱流たちの方を向く。 「おかえりなさい。ただ、覚えてただけ」 「さっきほとんど覚えてただろう」 「それはギターの部分。まだ歌ってないし、どういう風に音と合わせたらいいかなって。さっきの、歌入ってなかったから」 「……ああ、ごめん。さっきのは竜ちゃんの座興。ちゃんと歌入りの、あるよ。西野さん、聴かせたら良かったのに」  気が利かないな、と西野の方を見るが、指摘された男は微笑みを浮かべているだけだ。思わず壱流は眉をひそめる。 「いきなり歌わせる気か?」 「先入観なしに、眞玄の歌い方で歌わせた方がいいかと思いまして。壱流は嫌です?」 「……一応、俺歌ったんだけど? その労力は?」 「流さないなんて言ってません。ただ、眞玄に先にやらせて、それからでもいいかと」 「西野さん……なにそれ。比較しようっての」  ちょっとむっとしている壱流に気付いているだろうに、西野は笑顔だ。その脇で、竜司もにやけている。眞玄は少し戸惑い気味だったが、口を挟むことはしない。 「壱流。珍しく熱いじゃねえ。比較されて負けるとでも?」 「なっ」 「自信があるなら、どーんと構えてたらどうだよ。可愛い後輩なんだから。大体、おまえが言い出したことだし」 「珍しく意見が合いましたねえ、竜司」  壱流は不機嫌そうにしていたが、やがて椅子に腰を降ろした。落ち着くように一息置いて、眞玄に向き直った。 「今のやりとりは忘れてくれ。眞玄が準備出来たら、いつでも始めていい」 「……いいの? じゃあ、遠慮なく」  離席している間に歌詞を頭に叩き込んだらしい眞玄は、先ほど披露したギターとは何故か少し変えてきて、自分のボーカルをその上にかぶせた。  壱流は肘をつき、その姿を見つめる。 (やっぱ巧いな……でも俺のが表現力は上だ)  負けるわけにはいかない。  負けるわけがない。  壱流はこの身と精神を削って、ここまで来た。比較なんてされても困る。プライドが高い。西野はそれを知っているはずなのに、どうしてだろう。

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