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第16話 エネミー・インサイド(4)
「どうした?」
一度ざっとシャワーを浴びて浴槽に浸かっている竜司が、不思議そうな視線を向けた。
「や、どっちのシャンプー使えばいいのかなーと」
「どっちでもいいけどよ……おまえ、なんつうの。やらしい筋肉の付き方してるって言われねえか」
シャワーのところで突っ立っていたら、いきなり妙なことを指摘されて、眞玄は止まる。
朔 ……眞玄が付き合っている男にも、そんなことを言われた覚えがあった。自分ではあまり意識していない。
「竜司さんだって、結構な体つきじゃん」
「や、俺のとはまた違うな。おめーのは、なんかこう、性的な……俺何を言ってるんだろうな。変な意図はねえぞ?」
「わかってるけどー」
眞玄は軽く笑い、立ったままシャンプーをしている。恋愛感情の発生しない同性に体を見られたところで、なんとも思わない。
「なあ……眞玄。なんで俺に泊めてって言ったん」
「え? 終電逃したから」
「じゃなくて。壱流じゃなくて、なんで俺にってこと」
「……ああ」
シャンプーを流しながら、一瞬だけ竜司の方に目を向けるが、泡が目に入りそうになってすぐに瞑る。
「意味は、ないよ? そもそも本気じゃなかったし。竜司さんの方が距離的に近くにいたから」
「ふぅん。……さっき、壱流についてなんか言いかけたろ。あれなに」
もうその話は終わったのかと思っていたら、突然蒸し返された。
体を洗いながら、眞玄は少し天を仰ぐ。
「いや……言っていいのかわかんないから、濁したんだけど。でも竜司さんなら知ってるか。――あれってリスカ痕、に見えたんだけど」
「見たのか」
「さっき車で起きて伸びした時に……ちらっと」
「黙ってろよな、それは。壱流にも言うな。誰にも、言うな」
元から低い竜司の声が、更に低くなった。少し怖かったが、眞玄は別に怖いなんて思わなかった。毛頭言う気はない。ただ、気になったから。
猫にでもつけられた傷かとも思って、飼っているのかと聞いた。けれどやはり猫傷にしては不自然だったし、壱流はいつも長袖を着ているから、本人も隠したいと思っているのだろう。
「言わないよ。心配しないで」
「――誰にでも秘密のひとつやふたつある。おまえもあんだろ」
「そうだねえ……あるっちゃ、あるよ。竜司さん、俺壱流さん好きだし、不利になることは言わない」
「好きってどういう」
「歌い手として、先輩として。それに俺、付き合ってる子いるって言ったじゃん。妙な心配も、しないでねー、竜司さん」
「今の発言はどう取ればいい」
浴槽の中で竜司は、眞玄がどこまで読んでいるのかがわからずにもやっとした表情になる。けれど眞玄はそんなふるわない顔を気にすることもせず、泡を流して竜司の傍にやってくる。
「洗い終わりましたー。竜司さんは?」
「……おう」
ざぱりとお湯が揺れて、突然水位が思いっ切り下がる。竜司は通常よりも長身でかさばる。
「泊めるんじゃなかったかな」
「だからー、言わないってば。んじゃ俺の秘密でも暴露しとく? 心配ならさ」
「いらねえよ。もし余計なこと言ったら、そん時は覚悟しとけよ、ってそんだけ。全力で叩きのめすからな」
「俺は、敵じゃないから」
眞玄は軽く笑って、お湯の中で体をほぐした。
その様子に竜司はため息をついて、カラーリング用のシャンプーを手に取った。
(確かにこいつは敵じゃない)
敵は別にいる。
(壱流の敵は、……俺だな)
壱流の精神を不安定にさせるそもそもの原因は、己にこそある。
眞玄と人付き合いをするようになってから、そんなに経過しているわけでもない。深く知っているわけではない。けれどこの男が秘密にしたいことをべらべらと喋るとも思えなかった。
(軽そうには見えるけど、ほんとに言っちゃいけないことは、言わない気がする)
どの道眞玄の秘密なんて聞いたところで、竜司がそれをいつ忘れてしまうのかはわからない。
「とりあえず信用してやる。……おまえ今夜は、リビングで寝ろよな。布団出してやっからよ」
「はーい」
浴槽の中で目を瞑り、眠りこけそうになりながら、眞玄が小さく返事をした。
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