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2, 先輩のお話は静かに聞きましょう
“去年の事件”というのは、後期にやってきた一年の転校生から始まった。
目が見えないほど前髪が長いモサッとした髪のそいつは、当時の生徒会役員に喧嘩を売った。当時の生徒会長は天は二物を与えまくったと言われるほどの人物で、常に自信に満ち溢れた王様…いや、今の生徒会長が王様だとすると、帝王の様な人物だった。帝王にとって、自分に喧嘩を売る人間なんて珍しかったのだろう。そして、それを側で見ていた副会長、会計、書紀は転校生に興味を持った。そしてクラスの方ではサッカー部のスポーツ特待生が彼を気に入り、またクラスにいた不良も彼を恋人にする宣言をし、たったの一週間で転校生は時の人となった。
それぞれの親衛隊は気が気ではなくなり、判断がおかしな方に働いて、転校生が自分の親友だと公言した隣の席のクラスメイトをいじめるようになった。転校生にルールを説いても自分たちの崇拝対象に怒られ、非難されたからだとか。
転校生の親友は、「そいつと親友になった記憶なんて無い」と言っても信用されなかった。クラスメイトは転校生関係の被害を受けたくないから完全に無視してきて、クラス外の人は巻き込まれたくないが外から見たら面白い見世物のような扱いで何もしなかった。
親友くんにもクラス内外にちゃんとした友達が何人かいた。クラス内の友達は親友くんを助けようとしたが顔を覚えられてはどうにもできず、まともに受けられなかった授業のノートや解説を、夜中にチャットで教えてくれた。クラス外の友達は転校生やその取り巻きズと顔を合わせないように立ち振る舞って、いざという時の駆け込み寺になって助けてくれた。
しかし、そんな生活が長続きするはずがなかった。クラス外の友人が一人、転校生に完全に顔を覚えられてしまった。そいつは悪いことに、裏の顔は「抱いて」と言われたら抱くというヤリチン野郎だったため、転校生は彼をターゲティングして追いかけ回すようになってしまった。「放っておけない」という正義感かららしいが、ヤリチン野郎は「抱いて」と求められなければ普通のやつで、人の心を読めるのかと思うほど優しいやつだった。親友くんがヤリチン野郎と出会ったのは図書室で、偶然本の趣味が合ったから友達になっただけだった。だけなのに、「ヤリチン野郎と友人だった」からその場に居合わせた取り巻きズから“淫乱”というレッテルを貼られて裏情報網に流されてしまった。
取り巻きズにしてみれば、転校生を狙うやつを一人脱落させた程度だったんだろうが、親友くんにはさらなる地獄の始まりだった。転校生?親友くんをヤリチン野郎のセフレだと思って罵倒してたよ。
そこでようやく動き出したのが風紀委員会だった。前々から転校生関連で動いていたけど、親友くん…元親友くんが受ける被害報告より転校生が引き起こす被害報告のほうが酷くて、どうしても手を回すことが出来なかったらしい。でも流石に元親友くんを…強姦しようとする奴らが現れたから、他を後回しにしてでも動いた。風紀委員長の采配は、元親友くんに風紀委員の巡回ルートおよび風紀委員室の電話番号を教えたことだった。
当時の風紀委員長は、質実剛健という言葉が似合う人で、彼が風紀委員会に入ってから不良達が騒動を引き起こした回数が激減した。『風紀委員でなければ生徒会に推薦していた』と言われるほどの優秀な人だった。そんな人が率いる風紀委員会が、転校生やその取り巻きズ、更にその親衛隊や親衛隊に感化された生徒達による騒動で後手後手になってしまうような状況だったんだ。去年は。
それから、元親友くんは加害者から逃げ回って風紀委員に捕縛させる、いわば囮を始めることになった。
その間、転校生はヤリチン野郎を追いかけ回しながら、校内一の美形と言われた園芸部部長に接触してしまった。
園芸部部長は孤独を好む人…というか、周りに条件をクリアしなかった人がいると発作を起こすという…んー、上手い言葉が思いつかないからわかりやすく言うと、トラウマ持ちの人だった。間違ってはいない…と思う。
条件はいくつもあるらしいんだけど、満たしているのに無理な人とかがいたらしくて…本人にその気はなくても選り好みしてしまう人だった。彼にも親衛隊はいたんだけど、彼の側によれるのは幼馴染の隊長と、彼自身が会ってみて問題なかった人達だけだった。ダメだった人達は彼を遠くから見守ったり、とりあえず出来ることをする感じだったらしい。手伝ったら感謝の手紙をくれるから会えなくても親衛隊でいれる。そんな人だったらしい。
で、件の転校生は、条件を満たさない人だった。“煩くしない”に引っ掛かってしまった。部長のお茶会に乱入した転校生は、発作を起こした部長を見て近付こうとしたが、隊長が静止させた。それが気に食わなかったのか転校生はまた大声を上げるという悪循環が起きようとしていた。
その時、ある生徒が転校生を叱りつけた。
園芸部のお茶会には部員以外に親衛隊員と彼の友人が参加することができて、その日は偶然、親衛隊でもない部員でもない後輩がいたんだ。その後輩くんは部長のお気に入りの一人らしくてね、夏休み前から招待されていたイベントだっただけに、彼が何者であっても、彼の後ろに誰がいようとも関係なく怒ってしまった。
当然、取り巻きズは大事な転校生が叱られて面白くない。部長と転校生の間に立つ後輩くんに詰め寄ったり、転校生が被害者のような庇い方をしたりしてたらしい。学校一の権力者達がそんな振る舞いをするんだから、普通の生徒だったら萎縮しちゃって自分が悪かったと折れてしまう。というかそうやって心を折らせたことが何回かあったみたいだ。でもその後輩くんは、折れなかった。
後輩くん、実は風紀委員長の弟でね、背格好も顔立ちも似てないのに、強い心は同じ様に持っていたんだ。取り巻きズの不良は、後輩くんのことを知っていた。だから彼だけは何もできなかった。
睨み合っていると風紀委員がやってきて、にらみ合いは終わった。でも、転校生は後輩くんのことが気に入らなかったみたいだ。
次の日、転校生は後輩くんを探し当てて、喧嘩を売った。
後輩くんと転校生アンド取り巻きズを中心に、近くにいた生徒が輪になって取り囲んでる状態で、口論が行われていた。後輩くん、学年ではちょっとした有名人だったんだ。風紀委員長の似てない弟、放送部で一番聞きたい声、嫌いになれないクラスメイト…まぁ、色んな呼ばれ方をされていた。彼を好きにならなくても苦手意識を持っても、じゃあ嫌いかと聞かれたら違うと言われるようなタイプ。だから、生徒たちは元親友くんのように巻き込まれていても無視することが出来なかった。
聞いていた人の話によると、転校生と取り巻きズの言い分は当てつけとか被害妄想とか、全く正当性がなかったらしい。対する後輩くんは話を聞いた上で聞き返して回答してと理路整然としたものだったらしい。始まりが濡れ衣のようなものだから、転校生達は後輩くんを言い負かすことはできない。でも後輩くんも、どんなに堂々と反論してもなんとか謝らせてやると思っているような奴らが相手だから反論すること以外できなかった。切り上げようとしたら「自分が悪いと認めるんだな」とか言われてたらしい。
延々と昼休みを潰す勢いで口論が続いていたところに、ある生徒が口を挟んだ。生徒会長の弟だった。
彼は大分苛立っていたらしい。あとで知ったんだけど、家では常に兄と比べられてて見習えと幼児の頃から言われ続けていたんだ。会長の弟くんは、言っておくけど無能じゃない。それどころか優秀、天才、天は弟にも二物を与えまくっていた。そんな人が手本にしろと言われ続けていた相手が、男の尻を追いかけ回してあちこちで被害を生み出している状況が耐え難かったらしい。
それと、会長の弟くんと後輩くんは競い合う仲だったのもあった。互いに優秀な兄を持つから弟として比べられて、その弟同士でさらに比べられたら意識せざるをえなかった。顔を合わせて衝突することもあったらしいけど、互いに評価は「嫌いじゃない」だったらしい。だから、後輩くんに助け舟を出した。しかし、生徒会長と弟の口論が始まっても、転校生と後輩くんの口論は終わらなかった。
昼休みも終わるんじゃないかと思った頃に、とうとう風紀委員がやってきた。風紀委員どころか、風紀委員長までやってきた。囲んでいた生徒達は解散。取り巻きズと転校生は加害者として反省文を書くことが委員長権限で決定された。転校生はやっぱり面白くない。後輩くんや会長の弟くんはペナルティ無しだったから。委員長に食ってかかろうとした時に、目ざとく見つけてしまった。
後輩くんはイヤホンをしていたんだ。一応、校則で禁止されているけど、例外は存在する。後輩くんは例外として着用を許可されていたんだけど、転校生はそんなことを知らない。後輩くんに詰め寄って、彼の正義感でイヤホンを無理矢理外した。風紀委員長が止めようとしたけど遅かった。
その後に起きたのは後輩くんのパニックによる絶叫。後輩くんは風紀委員長が保健室に連れて行って、その場の処理は一緒に来た風紀委員が行った。後輩くん、大声でパニックを起こす人だったんだ。特殊なイヤホンで小さく聞こえるようにして、日常生活を過ごせる状態にしていたんだ。周りには理由があって付けていないと生活できない程度しか話していなくて、正しい理由を知っているのは兄である風紀委員長と連絡を受けていた教師陣だけだった。園芸部部長はイヤホンを見た時に気づいたらしくて、似たような状態だったから気に入ったんだって。
しばらくは後輩くんも転校生も学校に来なかった。後輩くんは病欠で、転校生は生徒に直接危害を加えようとした罰として出席停止。その期間中に、転校生は歪んだ考え方をしたようで、停止明けに風紀委員長を追いかけ回すようになった。「風紀委員長は弟に縛られているから開放しないと」だって。
風紀委員長は忙しくて教室か風紀委員室か寮の自室に籠もってる状態で、外に出るのが唯一の息抜きだったのに、それを邪魔しに転校生がやってくる。そして悪いことに、風紀委員長と生徒会長は仲が悪かった。いや、悪いというか、一方的に生徒会長が嫌っていた。共に素晴らしいと称賛される人間で、生徒会長にとって風紀委員長は常に一番だった自分を脅かす存在だったからね。
転校生が風紀委員長の前に現れる。生徒会長が風紀委員長を威嚇する。風紀委員長が無視して移動しようとする。転校生が喚く。
これがほぼ毎日、登校時間・昼休み・放課後に行われていた。
転校生は元親友くんとか、ヤリチン野郎とか、園芸部部長とか、後輩くんとか、コロコロと目標を変えていたのに、風紀委員長からはしばらく変わることがなかった。風紀委員長は学業生活と風紀の仕事が優先の人だったからね…忙しい状態では、転校生の御眼鏡に適うタイプの人に接触できなかったみたい。だから、ずっと追いかけ回されていた。
ところがある日、二年生の不良…一匹狼を追いかけ回しているところが目撃された。
これで風紀委員長が開放されたのかと胸を撫で下ろす人が多かった。しかし状況は悪化していた。
風紀委員長が行方不明になった。
ちょうど、狼さんを追いかけ始めた頃から寮にも風紀委員室にもいない状態が続いていたようで、ようやく学校に復帰した後輩くんが会長の弟くんに兄の行方を聞いて発覚したんだって。後輩くんの使っていたイヤホンは外された衝撃で壊れて、新しいイヤホンが届くまでは寮の自室にいるしかなくて、届いたと連絡があったから調節をするために実家に帰っていた。その帰省中に、風紀委員長はいなくなっていた。
生徒による自治に任せていた教師や理事会も、行方不明者が出たとなると動かざるを得なかった。学校の名誉に傷がつくし、風紀委員長は旧家の子供だったから揉み消すこともできない。証拠を集めて転校生の処遇を議論しながら、学校の周囲の森や近くの町で風紀委員長に似た子がいないか探した。後輩くんや風紀委員長を敬う人達も校内を探し回った。
冬休みが近づいてきた日、事件はあっけなく片付いた。
無人のはずだった寮の部屋に、衰弱状態でいたところを発見された。
転校生は、事態を重く見た理事会により退学処分。
生徒会は、転校生と共に学内を混乱に陥れたとして、解任嘆願署名が提出された。首謀者は会長の弟くん。
あと一ヶ月の任期を残して生徒会は解散し、選挙により会長の弟くんが生徒会長になり、弟くんの親衛隊長が副会長、ヤリチン野郎が会計、元親友くんを匿っていた友人の一人が書紀、園芸部の一人が書紀に選ばれた。
そして、風紀委員長は心身の健康状態を案じた周囲の言葉により、数ヶ月早く引退。一年生の中で一番風紀委員長からの信頼があった人が推薦で選ばれた。
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