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5, 口外無用

 風紀委員長は本当に監禁されていた。実行したのは転校生…いや、生徒会長の一派だった。  実は、転校生は生徒会長が雇った役者で、後ろ暗いところがあった理事の一人を脅して嘘の書類をつくり転校させてきた。ただ風紀委員長…木乃杜(きのと)(あゆむ)を追い詰めるためだけに。そして生徒会長…月見里(やまなし)煌一(こういち)だけを愛すると言わせるために。  生徒会長と風紀委員長は仲が悪かった、生徒会長が一方的に嫌っていたと昨日は言った。でも実際は、一方的に愛していた。何があったのかまでは教えてもらえなかったけど、生徒会長や風紀委員長になる前から、月見里 煌一と木乃杜 歩として出会った時から、ずっと手に入れたい存在だったらしい。それを中等部からの仲だった副会長は知っていた。沙々木 歩美弥(ささき ふみや)は、煌一から歩をどれほど思っているのか聞かされてきた。歩美矢が煌一のことをどれほど長く思っていたのか知らずに、ずっと。  『恋敵への愛を愛する人から聞かされる』なんて、どれほど苦しかったんだろう。この一点だけは副会長に同情する。  では、なぜ生徒会長は事件を引き起こしたのか。転校生がくる3ヶ月前、7月の上旬に、副会長がある光景を見てしまい、それを会長に伝えたことが発端だったと副会長は話した。  風紀委員長が二年生の不良、浅見(あざみ)虎炉宇(ころう)と二人きりで会話していた。それだけなら風紀と不良なんだから、何か指導されているんだと思うだろう。でも、二人とも笑っていた。風紀委員長だけならまだしも、浅見の笑い顔なんて誰も知らなかった。副会長は二人から目を離せなかった。隠れて見ていると、浅見が風紀委員長の頬に手を添えて、キスをした。  すぐに離れたけど、二人の間の空気は止まり、副会長も固まった。そして二人が動く前に副会長は音もなくその場から逃げた。とんでもない裏切りに思えたんだって。自分の好きな人が愛する人が、別の人間とキスしていたことが。しかし一方で、これを伝えたら諦めてくれるのではないか、と考えたんだって。もしかしたら失恋した生徒会長を振り向かせることができるかもしれない。そんな打算があった。  だけど伝えた結果、生徒会長の風紀委員長への愛が狂気に変わってしまった。そして風紀委員長・木乃杜歩を誘拐・監禁する計画およびそれを悟らせないために“失踪”という説得力を持たせるための事件を計画し、実行した。  風紀委員長にとっては迷惑な話だ。生徒会長が自分を想っていたことなんて、監禁されるまで知らなかった。  そして生徒会長にとっては皮肉なことに、虎炉宇さんと歩さん、二人に互いの思いを自覚させる出来事になったんだ。  …俺と後輩くん、木乃杜(きのと)織人(おりひと)は友達でね、事件後、落ち着いた時に色々と話してくれたよ。監禁されていたお兄さんを助け出した時のこととか、お兄さんから聞いた、監禁中にされていたこととか。織くんも俺も被害者だったからね。愚痴って共感するにはちょうどいい仲だったんだ。  生徒会長は、歩さんに「俺だけを愛して」と言い続けていたらしい。「俺を好きになって」「俺を見て」「俺を受け入れて」って、ずっと。『気に入った生徒にはすぐ手を出して捨てる』という話があった生徒会長なのに、歩さんには一方的な愛を囁きながら抱きしめたり、体の一部にキスしたりしただけだったんだって。  歩さんは質実剛健という言葉が似合う人だったと言ったのを覚えているかな?生徒会長と歩さんの体を比較したら、生徒会長の方が若干背は高いけど歩さんの方が体格が良い。無茶すれば逃げられたんじゃないかと思うんだ。織くんも同じことを思って、歩さんに聞いたんだ。そうしたら、「どうしても出来なかった」。「いつもの堂々とした態度が虚勢だったのかと思うぐらいの弱々しい表情と、震えながら縋るように触ってくる手を、どうしても拒絶することが出来なかった」んだって。  歩さんと織くんは、小さい頃に事件に巻き込まれて、そのせいで織くんは心に傷を負って、お兄さんである歩さんにずっとくっついていた。その頃の依存してくる弟の姿を思い出して、断ることが出来なかったんだって。でも、受け入れることも出来なかった。織くんという大事な弟がいたし、虎炉宇さんに…淡い恋心が芽生えていたんだって。  副会長が見てしまったキス。あれは、全く浮いた話がない歩さんをからかってやろうと虎炉宇さんが仕掛けたものだったんだって。キスしたのに反応がなくて、離れてみたら顔を真っ赤にした風紀委員長がそこにいた。虎炉宇さんは生徒会長と大して変わらない奔放な噂がある人だったんだけど、初心な人を相手にしたことがなかったらしい。今までにない反応をされて、混乱して固まってしまった。昼休み終了のチャイムが鳴って歩さんはそこからいなくなった。  歩さんは一年生の時にタバコを吸っていた虎炉宇さんと出会ってから、週に一回ほど会いに来て話していたらしい。でもキスのあとからずっと来なかったんだって。夏休みが明けても。秋休み前に見かけたからちょっとだけ会話したら、いつも通りで拍子抜けしたって言ってた。傷つけてたらどうしようとか考えてた俺がバカみたいに思えた、とも言ってたよ。  で、秋休みが明けたらまた会いに来たんだけど、転校生がやってきてから風紀委員長の仕事は激増して全く来なくなったし、探しても会えなくなった。再び会えた時には目の下に隈ができて、血の気が失せた青白い顔になっていた。虎炉宇さんは歩さんを縄張りに隠して無理矢理寝かせた。そしてすぐに転校生と取り巻きズが現れたから適当にあしらい追い払って、仮眠から起きた歩さんと会話してまっすぐ寮に帰らせた。  二、三日はそれでなんとかなっていたんだけど、転校生が虎炉宇さんに狙いを定めた。虎炉宇さんは動じない性格の人だったから喚かれようが何を言われようが全部聞き流せたんだって。転校生とその取り巻きズの行動が風紀委員長の負担になっていると知っていたから、引きつけて何もさせなければいい、借りを作ってやるぐらいの考えで。確かに転校生による被害はなくなったんだけど、その時には風紀委員長は行方不明になっていた。虎炉宇さんがそれを知ったのは一週間以上過ぎた頃だった。  たまたま出席する気になったから行った教室で、クラスメイトが噂しているのを聞いたんだって。「風紀委員長が失踪した」「風紀委員長の弟と会長の弟が探し回ってる」「先生達も動いてる」って。そんな会話をしているやつに…その、不良らしい情報の聞き出し方をして、歩さんを探しに行った。  そして放課後、虎炉宇さんは織くんと現生徒会長の優次と友人数名が探し回っているところに偶然遭遇して、詳細な話を聞いた。で、そこに転校生がやってきた。織くんね、「トラウマ持ちの自分の面倒を見ていたのが重荷になってたんじゃないか」って口に出しちゃうほど精神的に参ってたんだけど、転校生が言っちゃったんだよ。「お前が縛り付けたせいだ!」って。そのあとすぐに虎炉宇さんが殴った。  歩さんとの会話によく織くんの話が出てきてたんだって。血は繋がってなくても大事な可愛い弟だと言ってたって。  全員呆然としていたら見回りの風紀委員がやってきて、暴力行為は禁止だからと虎炉宇さんと優次と転校生は風紀委員室に連れて行かれた。実は優次も殴りに行こうとしてたんだけど、虎炉宇さんに先を越されて腕を振り上げたままになってて、まぁ、何か関係あると思われたらしい。  優次はその場に居合わせただけだったからお咎め無しだったけど、虎炉宇さんは停学一週間。転校生は知らない。  停学期間を使って虎炉宇さんはあちこち探し回ったらしい。他クラス他学年の不良に聞いたり、ちょっと危ない溜まり場に行ったり。でも学校の敷地内から出た痕跡がなかったんだって。だから校舎や周辺の森を虱潰しに探し回ることにした。でも何日探しても見つからなくて、織くんや優次と情報交換しようと寮に戻ってきた時に生徒会長がいたのを偶然見かけたんだって。  でもその時間は、転校生がそこら中を歩き回っている時間だった。で、そこで思ったんだって。「転校生が引っ付いてきた時、取り巻きの中に生徒会長はいたか?」と。無視していたから記憶が薄かったけど、何かが引っ掛かった。更に、何か表情が柔らかくなっている気がしたんだって。元生徒会長の煌一…さんは常に自信満々の笑顔をしている人で、虎炉宇さんに言わせれば「“鼻につく顔”だったのが“普通の顔”になった」感じだったらしい。  虎炉宇さんは結論として、歩さんと煌一さんの間には『仲が悪い』という噂が流れていたから、敵がいなくなって清々したのかと思ったらしい。それが気に食わなくて、部屋に入る直前の煌一さんに喧嘩を売ったんだって。  その頃、優次は実家に用事があって連絡したんだけど、仲の良かったメイドの小母様から「煌一が執事を寮に連れて行った」という話を聞かされたんだって。自分の身の回りのことが出来なかったり一時的に出来なくなった生徒は、家や斡旋会社から執事を簡単な手続きさえすれば連れてくることが出来るんだ。で、メイドさんは煌一さんが怪我をしたりしたのか?って優次に聞いたらしい。  もちろん、優次から見た煌一さんは転校生を元気に追いかけ回してて怪我や病気なんてしていない。  あんなことをしている兄でも血の繋がった兄だからって優次は様子を見に行くことにした。そこで虎炉宇さんと煌一さんが喧嘩しそうになっているところに遭遇した。織くんも優次と一緒に行動してたから居合わせた。優次は心が不安定な織くんを一人に出来なかったんだって。  虎炉宇さんが煌一さんを殴ろうとしたから、織くんと優次は二人がかりで止めようとしたらしい。二人して「待って!」と言いながら。その声がね、歩さんに聞こえたんだって。生徒会役員になると特別に寝室と居間が分かれた部屋に移ることができて、歩さんは寝室に監禁されていたらしい。  聞こえた声が切羽詰まっていたものだから、弟に何かあったのではないかと思った歩さんは思わず織くんの名前を呼んだ。織くんも歩さんの声を聞いて、煌一さんの部屋に駆け込んだ。織くんに続いて虎炉宇さんも部屋に入った。煌一さんは邪魔をしようとしたけど、優次が羽交い締めして阻んだ。そして奥の部屋のドアを開けた織くんは、煌一さんの執事に不意打ちをくらった。  でもスレスレのところで虎炉宇さんがガードしてくれたらしくて攻撃は当たらず、逆に虎炉宇さんのカウンターで執事はダウン。隅の方で拘束されていた歩さんを助け出すことができた。  安心して気絶した歩さんを虎炉宇さんが運び出して、織くんは二人に付いて行った。寮の管理人室に連れて行って、教師に連絡をいれて、救急車と警察を呼んでもらって、そして失踪事件は解決した。  煌一さんが連れてきた執事は、煌一さんが学校でいない時に歩さんの世話をさせる役割を任されていたんだって。その執事は煌一さんの苦しみを知っている人だったから、犯罪行為にも手を貸したらしい。どんな苦しみかは俺は知らない。でも優次は「背負わされた何もかもが重かったんだと思う」と言っていた。  だからと言って犯罪を行ってはダメだと思う。  その後は…煌一さんはカウンセリングと歩さんへの対応を協議した結果、外国の姉妹校へ転校することになった。副会長の沙々木さんは共犯者だったから退学および勘当されかけたんだけど、煌一さんが「脅して手伝わせた」らしいよ。だから肩身は狭そうだけどまだ学校にいる。  生徒会の内、本気で転校生を追いかけ回してたのは双子書記の片割れと会計だけだった。でも本当に好きだったのは書記の片割れだけで、会計は手のかかる弟を思い出して世話をしている気分だったんだって。不良と特待生も本気で恋していたらしい。転校生の正体がバレて退学処分になった時、めちゃくちゃへこんでたから。  優次は本当は生徒会役員になんてなるつもりはなかったらしい。でも理事長との取引があったらしくて、解任嘆願署名の首謀者兼生徒会長になることになったんだって。父親から厳しい教育を受けて、歪んで、捨てられてしまったお兄さんを、見捨てられないからって。

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