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『崩れる均衡』
手に持ったカードキーを再び奪い取った園田が、「部屋もあることだし、明日は休みだ。十分楽しむ時間はある」と普段とは違う低い艶のある声で囁いた。
園田のそんな声は初めて聞いた。
その僕の知らなかった艶のある声に……もっと聞かせて欲しいと欲が出た。
「そうだね」
同意と取れる返事をすると押さえつける力が緩められた。
「今夜は俺のものだ」
部屋に連れ込まれて、そのままベッドに押し倒された。
電気も点けないままベッドに押し付けられて、「焦るなよ」と園田の肩を押すと、「逃げる前に頂こうかと思って」と笑われた。
「逃げないよ。シャワーくらい浴びさせてくれてもいいでしょう」
「そうだな」
園田は起き上がると僕の腕を引いて起き上がらせてくれて、「夜は長いしな」といやらしく笑った。
僕は逃げるように浴室に滑り込んだ。
バクバクと脈打つ胸を押えて締めたドアに背中を預けた。
どうしよう。どうしよう。
まさか園田に会うなんて思ってもみなかった。しかも本気で誘われて……どうしたらいい……。
あのまま逃げた方が良かったのかもしれない。
どうやってこの状況から逃げることが出来るだろうか。
園田の遊び相手……今夜一晩だけの。
一晩だけ。一晩だけ園田を手に入れることが出来る。
だけど、僕に出来るだろうか、『慣れている振り』が。園田を騙せるだろうか。経験豊富な園田を。僕は……一度だって……経験が無いのに。
胸を押えた手が細かに震える。
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