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甘い声音

「みんな、ちょっと集まってくれ」  その声に、営業部の全員が一斉に仕事の手を止めた。  部長が手を挙げて集合を促している。その後ろには背の高い青年が立っていた。  濃いグレーのスーツに、落ち着いたボルドーのネクタイ。身につけている物すべてが高級そうに見えるのは、彼が実は社長の息子だと聞いているせいだろうか。  篠宮は辺りをそっと見回した。内縁とはいえ社長の実の息子が、平社員として営業部に配属される。部長以外はそのことを知らないはずだ。自分だけに明かされた秘密を胸に、篠宮は素知らぬ顔で皆の隣に並んだ。 「今日からこの営業部に配属になった、結城くんだ。しばらくの間は、篠宮主任の補佐として一緒に現場を回ってもらう予定でいる。基本的な指導は篠宮主任にお願いしてあるが、何か困っている様子があったら、みんなからもいろいろ教えてあげてくれ。よろしく頼む」  部長が目配せすると、隣にいた青年は一歩前へ踏み出した。すらりとした体型と長身もさることながら、仕草のひとつひとつが優雅で、モデルのような身のこなしだ。何かスポーツでもしているのか、肌は健康的に日に焼けている。 「初めまして。結城奏翔(かなと)です。どうぞよろしくお願いします」  そう言って彼はぺこりと頭を下げた。顔立ちから想像できるとおりの、甘い声音が耳をくすぐる。  海外暮らしが長いと聞いていたが、特に日本語が不自然ということもない。茶色がかって柔らかそうな髪は、少し長めではあるが、よく手入れされて艶々と輝いている。  部長が言っていた、将来的に事業の一部を担うのではという話も、あながち的外れではないようだ。たしかに人を惹きつける華がある。会社のイメージキャラクターとして、下手なタレントを起用するよりよっぽど効果がありそうだ。  篠宮は、品定めするように彼の顔をじっと見つめた。それに気がついたのか、結城が篠宮のほうに視線を向ける。ふたつの視線がぶつかり合った。  篠宮の顔を見ると、彼は臆することなく満面の笑みを浮かべた。笑うと瞳に優しい光が浮かび、整った口許が際立つ。男の自分でさえ、一瞬どきりとするほど魅力的な笑顔だ。  逢えて嬉しい。なぜか彼の眼がそう言っているような気がして、篠宮はもう一度、この結城奏翔なる人物を頭から靴の先まで眺めやった。  記憶を探ってみるが、どう見ても今まで会ったことのある人間ではない。これほど目立つ人物であれば、いちど会ったら間違いなく憶えているはずだ。  この男と組んで仕事をすることになるのか。なにやら胸騒ぎを覚えながら、篠宮はくちびるを結んだままその場に立ち尽くしていた。 「結城くん。こちらが篠宮主任だ」  全体への紹介が終わると、部長は青年を席まで連れていき、篠宮に引き合わせた。 「寡黙で少しとっつきにくいところもあるが、うちの出世頭だ。そばに付いて、しっかり営業のいろはを教えてもらうといい」 「はい」  結城が笑顔と共に返事をする。気合十分といったところだろうか。その若さと素直さを眩しく感じて、篠宮は小さく嘆息した。

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