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いつも隣に

「取りに行ってきます」 「発車まで三十分しかないぞ。間に合うのか?」 「脚には自信あるので。頑張ります!」  そう言うやいなや、結城は返事も待たず人混みの中へ消えていった。  残された篠宮は、がっくりと肩を落としながら大きく息をついた。間違いなくあの喫茶店にあるとは思うが、上司として、いちおう確認の電話だけはしておかなければならない。  手許の電話であの喫茶店の番号を調べ、篠宮はコールボタンを押した。呼び出し音が二回鳴ったところで、すぐに若い女性が電話口に出る。  篠宮が自分たちの身なりを説明し、封筒のことを口にすると、話はすぐに通じた。ものすごく素敵な男性が来たと、店員たちの間で騒ぎになっている矢先だったらしい。 「……ええ。はい。ああ、そうですか。ありがとうございます。男が一人、いま向かってるので、着いたら渡してやっていただけますか。そうです、背の高い……ああ、はい。顔はいいです。顔だけは」  うんざりする思いで、篠宮は説明を終えた。切符の入った封筒は、片付けに来たウェイトレスが見つけて保管してくれているという。座席の隙間に嵌まり込むようにして落ちていたとのことだ。  電話を切ると、篠宮は結城に向けてメールを打ち始めた。 『先に乗っている。間に合ったら来い』  手短にメッセージを送り、篠宮は新幹線のホームへ向かって歩き出した。間に合うかどうか判らないものを、律儀に待ってはいられない。こちらとしては、やるだけのことはやった。時間に来られるかどうかは彼しだいだ。  隣の座席でなければ嫌だとわめいていた彼の言葉を、篠宮はもういちど思い出した。 「いつも隣に座ってるだろうが……」  男の、しかもこんなつまらない男の隣に座って何が楽しいというのだ。理解しがたい彼の一途さに呆れ返り、篠宮は思わず声に出してそう呟いた。 「ねえ篠宮さん、帰りは二人がけの座席にしましょうよ。あの隣に座ってたおばちゃん、篠宮さんのことずーっと見てて不愉快でした! いくら篠宮さんがカッコいいからって、あれは無いです」  新幹線から降りるなり、結城は開口一番にそう不満をもらした。 「……待て。君が言っていることの意味が解らない」 「あの窓側に座ってたおばちゃんですよ! 篠宮さんのこと、舐め回すように見て……」 「おばちゃんじゃないだろう。まだ二十代だったと思うぞ」 「もうなんでもいいです! とにかく、帰りは三人がけじゃなくて二人がけのほうにします。俺が席取りますから。いいですね!」  結城が口をとがらせて言い放つ。  この男、新幹線の中でやけにおとなしいと思ったら、そんな事を考えていたのか。無事に駅まで着いた安堵も瞬時に吹き飛ぶような思いで、篠宮は深々と溜め息をついた。  窓側に座っていた女性が、たしかに時々、ちらちらとこちらに眼を向けていたような記憶はある。あれは自分ではなく結城のほうを見ていたのではないかと思ったが、いちいち言うのも面倒なので放っておいた。 「……あのタクシーだな」  不毛な会話を断ち切るべく、篠宮は無理やり話をそらした。  ここから工場まではタクシーで行くことになっている。駅を出た所で待っていてもらうよう、会社のほうであらかじめ手配してくれているはずだ。予定どおり車が停まっていることに満足し、篠宮は結城とともにタクシーに乗り込んだ。  駅の周りではコンビニなども見かけたものの、車で少し行っただけで、すぐに民家以外の建物は姿を消した。  結城と並んで後部座席に座りながら、篠宮は窓の外を眺めた。車外には、のどかな田園風景が見渡すかぎり広がっている。お得意さまご一行は、今頃この中のどこかでりんご狩りを楽しんでいる頃だろう。 「あ、篠宮さん。滝が見えますよ!」  結城が窓の向こうを指差した。  完全に遠足気分だなと思いつつも、篠宮は言われた方向に視線を移した。山の少し奥まった所で、水しぶきが午後の光を受けて輝いている。あれもこの辺り一帯の、隠れた名所のひとつなのだろうか。 「水量が多いな。高さもけっこうある」 「綺麗ですねー。でも、ちょっと怖いな。あそこから落ちたらひとたまりもありませんよね」  結城が、滝の上のほうにある岩棚に眼を向ける。 「あんな所から飛び降りる馬鹿も居ないだろう。あそこまで登るにはたぶん、オリンピック選手並みの体力が必要だぞ」 「じゃ、俺チャレンジしてみようかな。体力なら自信あります!」  楽しそうに上ずった声を聞き、篠宮は眉間のしわが深くなるのを感じた。今からこの調子では、先が思いやられる。  遅刻に忘れ物と続いたが、もしかしたらもう一波乱あるのではないだろうか。そんな思いがふと頭をかすめる。そして篠宮のその予想は、残念ながら的中してしまった。  工場長とツアーの責任者に挨拶をしてから、篠宮たちはプレゼンの準備を始めた。  プロジェクターなどの設備は、工場内にある物を借りることになっている。設置は工場の職員に任せ、篠宮は他に必要な物の最終チェックをした。 「結城くん。サンプル品の件だが……数が足りなくないか?」  ペットボトルの段ボールを検分していた篠宮は、不審に思って近くにいる結城に声をかけた。

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