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薄紅色の痕
「おい、どういうつもりだ!」
篠宮は声を張り上げた。たしかに、多少言い方がきつかったことは認める。だが間違ったことは述べていないはずだ。たったそれだけで、裸にして縛り上げるまで恨むなど、常軌を逸している。
「早くこれを解け! 犯罪だぞ!」
「刑務所でもなんでもいいですよ。あなたのそばに居られなくなるなら……もう、どこだって同じです」
結城の声が暗い響きを帯びる。それを耳にした時、篠宮はいま自分に向けられている感情が、恨みでも憎しみでもないのだということに初めて気づいた。
「愛してます、篠宮さん。本当は、あなたの心が俺に傾くまで待つつもりだった……でも、もうその望みが無いのなら、最後に一度だけ想いを遂げさせてください」
痛々しいほどに切なく震える声を聞き、篠宮は初めて、結城の抱いている想いが恋愛感情と呼ばれるものであることを知った。
何故だろうか。あれだけ毎日好きだと言われ続けてきたのに、結城が本当に自分に恋していると考えたことは一度もなかった。
彼なら女性には不自由しないはずだ。結城がけっして女嫌いでないことは、彼の女性たちへの接し方を見ていれば解る。そんな男が自分を選ぶわけがない。口ではいろいろ言っているが、まさか本気ではないだろう。そう勝手に思い込んでいた。
好きだと、そばに居たいと、隣に居るだけで幸せだと言われ、どうしてその想いが恋だと気づかなかったのか。それは、自分が恋というものを知らなかったからなのだ。
「いくら声だしてもいいですよ。両隣の部屋は空いてるし、裏の庭園も、この時間は閉まってますから」
結城が上着を脱いだ。スタンドの明かりが背後を照らし、髪が頰に暗い影を落とす。
「……愛してます」
そのまま篠宮の上に覆いかぶさるようにして、結城は顔を寄せてきた。
くちびるが静かに重なった。抵抗することさえ忘れ、篠宮は身体をこわばらせたままその口接けを受けた。
結城の舌が、くちびるをこじ開けて入ってくる。なぜか嫌悪感は無かった。何もかも、あまりにも現実味がない。こんな事が……初めてのキスを男に奪われるなどということが、現実に起こるはずはないのだ。
舌を絡めて口接けながら、結城が胸許に指を這わせてくる。触れるか触れないかの距離で肌を撫でられると、背すじがぞくぞくとして、もどかしいような気持ちになった。
「やっ……」
篠宮が身を震わせると、結城はくちびるを離して微笑んだ。こんな時でさえ魅力的な笑みだ。
「篠宮さん、肌白いんですね。腹筋がしっかりついてて……腰も引き締まってる。綺麗ですよ」
甘く囁き、結城が胸にそっと薄紅色の痕をつけていく。目尻から涙が流れていくのを感じながら、篠宮はくちびるを噛み締めた。嫌なはずなのに、嫌だと思えない。
結城のくちびるが触れるたびに、身体の奥から熱が生まれてくる。こんな感覚は初めてだった。両脚の間のものが、自分の意思とは関係なしにゆるく立ち上がってきている。
ちゅっと音を立てて、結城はそこにもキスをした。
「や、やめろ……」
彼が部下なのだということを、篠宮は今さらのように思い出した。会社の後輩の前で裸体をさらし、そんな所に口接けられている。それを考えると、羞恥でどうにかなってしまいそうだった。
恥ずかしいと思えば思うほど、余計にその部分に熱が集まってしまう。嫌がるどころか、まるでその先のことを期待しているかのようだ。
「恥ずかしいんですか? じゃあ、俺も脱ぎますよ。あなただけ裸じゃ、不公平ですもんね」
照れも何もなくさっさと全裸になると、結城は脱いだ服を床に放り投げた。
「ね。これでいいでしょ?」
両脚の間に顔を寄せ、結城はキスを再開した。ときどき舌を出して、根元から先までをぺろりと舐め上げる。
「硬くなってきましたよ……興奮してます?」
意地悪く囁きながら、結城がさらに後ろへと指を滑らせる。何をしようとしているのか理解すると、篠宮はさすがに嫌がって身をよじった。
「馬鹿、やめろ!」
「やめませんよ。大丈夫、ちゃんと慣らして痛くないようにしますから。大事な篠宮さんの身体に、傷なんかつけません。あなたが大事なんです。こんなことして、信じてもらえないかもしれないけど、本当に大事に想ってるんです」
それだけ言うと、結城は再び口を閉ざした。狭間を指で開き、固くすぼまった部分にジェルのようなものを塗りつけてくる。縛られているせいで、足を閉じることもできない。されるがままになるしかなかった。
男性同士の行為がどういうものなのか、おぼろげながら理解はしていた。だがまさか自分が、しかもこんな状況で経験することになるとは夢にも思っていなかった。
「や、やめっ……!」
篠宮の制止の声など聞かず、結城が指をうずめてきた。
二、三度抜き差しを繰り返してから、内側の壁を確かめるように指先でなぞる。僅かに身を震わせると、結城はそこを集中的に攻め始めた。
他人に身体を触られるくすぐったさが、むずがゆいような感覚に変わっていく。それが快感だと気づくまで、長くはかからなかった。
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