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狂おしいほどの

 窓から射し込む太陽の光を感じ、篠宮は眼を醒ました。  腰が重い。まぶたを伏せると、昨日の記憶がまざまざと呼び起こされた。胸許にある口接けの痕が、あれが夢ではなかったことを示している。  さんざん蹂躙されたためか、後孔が熱を持って腫れぼったく感じる。自分が女性ではなくて良かったと篠宮は思った。もし自分が女だったら、あんなに大量に出されたら確実に妊娠してしまっていただろう。  結城の前で痴態をさらしてしまったことを思い出して、篠宮は赤面した。  いや、と篠宮はその思いを振り払うように首を降った。起こってしまったことは仕方がない。結城だって、昨夜のことを他人に言いふらすほど馬鹿ではないだろう。警察に届け出る気はなかった。あんなに感じて何度も達しておきながら、レイプされたなどと言えるものではない。  ベッドから起き上がり、篠宮は辺りを見回した。  手足の縛めは解かれている。跡は少し残っているが、思ったほど酷くはない。汗と体液でさんざん汚れたはずの身体は、タオルか何かで簡単に拭ってあるようだった。  鞄から腕時計を出して時刻を確認する。七時を少し回ったところだ。  室内に結城の姿はなかった。隣のベッドにも、使った形跡はない。  先に帰ったのだろうか。あんなことがあった後で、顔を合わせるのも気まずいだろう。訴えるつもりはないが、今後の事についてはきちんと話をしておかなければならない。  何気なく、篠宮は壁に眼を向けた。  結城のコートが掛けたままになっている。それを見て、篠宮は先ほどの考えを修正した。では、勝手に自宅に帰ったわけではないのか。朝食にでも行ったのかもしれない。  どんな顔をして結城に会えば良いのかと思うと、少しばかり気が重かった。だが、起きてしまったことを思い悩んでも仕方ない。とにかく、今は気持ちを切り替えなければ。いつまでも裸でいるわけにはいかない。  このままシャワーを浴びよう。そう考えて歩きだした篠宮は、何かにつまずいて足を止めた。  拾い上げてみて愕然とする。足元に落ちていたのは、結城の携帯電話だった。  電話といえば、大抵の人にとっては財布と並ぶくらいに大事な持ち物だ。それがなぜこんな所に落ちているのだろうか。そう思うと、たとえようもなく嫌な予感がした。  なんともいえない違和感を覚え、篠宮は悪いとは思いつつ、結城の上着とコートのポケットを探った。  財布も内ポケットに入ったままだ。いくら食事の間だけとはいえ、今時の若者が、財布も携帯電話も部屋に置いていくとは考えにくい。 「結城くん」  少し声を張り上げて、篠宮は彼の名を呼んでみた。姿が見えなかったとしても、別に心配するほどのことではない。なんのことはない、トイレか風呂に入っているだけかもしれないではないか。自分の声が震えているのを感じながら、胸の中で何度もそう繰り返す。 「……結城?」  返事はなかった。  朝日を受けた部屋の壁が、やけに白々として見える。この壁はこんなに、薄気味の悪いほどに白かっただろうか。想像するのも恐ろしい考えが一瞬胸をよぎった。  あそこから落ちたら、ひとたまりもありませんよね。  乾杯してください。最後だと思って。  もう会うことはないかもしれないけど、俺のこと、忘れないでくださいね。  ……自殺。その二文字が、頭を殴られたような衝撃と共に胸をよぎる。篠宮は昨夜、気を失うように眠りに落ちた時のことを思い起こした。  こめかみを流れていった熱い雫を、篠宮は自分の涙だと思っていた。結城から初めて教えられた、想像を絶するような快楽に翻弄され、自然ににじみ出た生理的な涙なのだと。  違う。あれは彼の涙だったのだ。狂おしいほどの恋に身を焦がし、死を覚悟した者の、声にならない慟哭だったのだ。 「……結城」  我を忘れ、篠宮は手近にあるシャツを引っ掴んだ。こんな所で呆然としている場合ではない。今から必死で探せば、まだ間に合うかもしれないのだ。  震える手でどうにか服を着て、ベルトを締める。彼が死ぬかもしれない、ひょっとしたらもう死んでいるかもしれない。そう考えただけで、絶望で目の前が真っ暗になった。心臓が早鐘を打ち始め、止まらなくなる。  ピッと小さな電子音が、扉のほうから聞こえたのはその時だった。  続いて金属の触れ合う音がする。鍵が開く音だ。この部屋の鍵を持っているのは、ホテルの関係者と自分を除けば、ただ一人のはずだった。  ……ほら、なんでもなかったじゃないか。  結城が死ぬなんて、どうしてそんな馬鹿なことを自分は考えたのだろうか。実際は散歩がてら、ホテルの窓から朝の風景でも見ていたのだろう。  扉から眼をそらし、篠宮は必死でそう自分に言い聞かせた。扉のほうを見る勇気がない。動悸が収まらない。悪い予感が消えなかった。  扉が開き、誰かがふらりと入ってくる気配がする。胸を押さえながらゆっくりと振り向いた篠宮は、そこにいる人物の姿に眼を疑った。 「結城!」  あまりのことに驚いて、篠宮は足早に駆け寄った。

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