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あなたの存在を知ってからは
「ん、ふっ……」
息が荒くなってくる。結城は静かにくちびるを離した。
「勃ってる……」
篠宮のズボンの前が張っているのを見て、結城は服の上から優しくそこを撫でさすった。
「よく、キスが上手 いとか下手 とか言うけど、あれってテクニックの問題じゃないですよね。いくらテクニックがあっても、嫌いな奴にキスされたら気持ち悪いだけじゃないですか?」
後頭部に手を添えて髪を撫でながら、結城は篠宮の身体を少しずつソファーに押し倒していった。
「だから……俺のキスで篠宮さんが感じてくれたってことは。少なくとも嫌われてはいないって……そう思ってもいいですか?」
耳たぶにキスをしながら、結城が囁く。その甘い声を聞くと、頭の芯が痺れたようにぼうっと霞んだ。もしかしたら自分は、彼を愛しているのではないか。そんなふうに錯覚してしまう。
「今夜は泊まっていってください」
結城が、篠宮のシャツのボタンを外し始める。篠宮は慌ててその手を押しとどめた。
「ま……待ってくれ。シャワーを……」
今日は忙しかったし、汗もかいている。このまま身を委ねることには抵抗があった。
「……分かりました。待ってますね」
結城が意味ありげな笑みを浮かべた。
自分が何を言ってしまったかを考えて、篠宮は激しく後悔した。この状況でシャワーを浴びたいなどと言ったら、その先のことを承諾したも同然ではないか。
「タオル置いてあるので、適当に使ってください。バスローブも、篠宮さんが入ってる間に用意しておきますね」
もういちど耳にキスをして、結城は篠宮を風呂場へ向かうよう促した。
風呂に入って髪と身体を洗うと、どうにか一時的に気持ちが落ち着いた。
居間へ戻ろうとして、篠宮は隣の部屋のドアが開いていることに気づいた。隣は寝室のようだ。ベッドに腰掛けていた結城が、顔を上げて篠宮を中に招き入れた。
「さっぱりしました?」
「ああ」
「ここで待ってて。俺も軽く浴びてきますね」
それだけ言い置いて、結城は扉の向こうに姿を消した。
入れ替わりで残された篠宮は、黙って部屋の中を見渡した。青と白を基調とした調度の中に、洒落た六分儀と船のオブジェが飾ってある。
海が好きなのだろうか。篠宮は、結城の健康的な肌の色を思い出した。今までそんな話をする機会がなかったが、もしかしたら泳ぐことが得意なのかもしれない。
「……ふ……」
口許に手を当て、篠宮は人知れず甘い溜め息をもらした。痛いほどに胸が高鳴っているのは、熱いシャワーを浴びたせいではない。
なぜこんなに身体が火照るのだろう。今まで彼女が欲しいと思ったことはないし、もちろん男に抱かれたいと思ったこともない。自分はそういった欲求には淡白なほうなのだと思っていた。彼の手で身体の奥の奥まで暴かれ、内に隠れた欲望を引きずり出される前は、本気でそう思っていたのだ。
しばらく経つと、風呂場の扉が開く音が微かに聞こえた。結城がシャワーを済ませたのだろう。
ベッドの端に腰掛け、篠宮は静かに眼を瞑った。布団に手をついて呼吸を整え、なんとか鼓動を抑えようとする。初めてではないのだ。何をどうするのか、手順は分かっているはずではないか。
ドアがゆっくりと開き、結城が室内に入ってきた。裸の身体の上には、篠宮と同じバスローブをまとっている。スーツ以外の姿を見るのは初めてだと思った。濡れた髪が頰に張り付き、凶悪なまでの色気を醸し出している。
「……肩、冷えてますね。布団の中で待っててくれたら良かったのに」
バスローブの合わせ目から手を入れ、結城は篠宮の肩先に口接けた。シャワーで温まった結城のくちびるが、燃えるように熱く感じられる。
「まあいいです。すぐに熱くしてあげますから」
熱っぽい声で囁きながら、彼は腰の紐に手をかけた。すでに片肌を外していたバスローブは、僅かに指を添えただけで簡単に脱げてしまう。篠宮の身体をベッドの中央へ押しやると、結城はすぐに上から覆いかぶさり、くちびるの表面だけをちゅっとついばんだ。
「そんなに緊張しないでください」
結城が優しく微笑む。その顔を見ると余計に心臓が跳ね上がった。
逆効果だ。そう思いながら、篠宮は耐えきれずに眼をそらした。
「……慣れてるんだな」
「慣れてません。そりゃ、女の子と付き合ったこともあったけど……でもあなたの存在を知ってからは、あなただけです」
結城が胸の上に頭をのせてきた。
駄目だ、鼓動を聞かれてしまう。そう思って篠宮は身じろぎしたが、結城が気持ちよさそうにうっとりと眼を細めているのを見ると、強く抗うことはできなかった。
「篠宮さん。俺、生まれていちばん最初にあなたに出逢いたかった。そしたら、余計な回り道なんてしなくて済んだのに」
顔を傾けてくちびるを寄せ、結城は篠宮の胸の突起を舌先でつついた。
ぴりっと甘い刺激が走り、腰の辺りに熱が集まっていく。篠宮は自分の胸を見下ろした。ふたつの突起が、ほんのり赤みを帯びてつんと立ち上がっている。今の今まで、そこにあることすら意識していなかったのに。ちょっと舌でつつかれただけで、簡単にそんな場所に変えられてしまったことに羞恥を覚える。
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