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快楽の記憶

「感じやすいんですね……可愛い」  突起を口に含み、軽く吸いながら舌先で撫でる。それが済むと、結城は胸許から腹部へ向かってキスを繰り返していった。 「く……くすぐったい」 「ねえ篠宮さん。触られてくすぐったい所って、ぜんぶ性感帯なんですよ。篠宮さん、多すぎません?」  結城が意地の悪い笑みを浮かべて篠宮のほうを見遣る。腰の近くまで口接けを進めると、彼は傍らの棚から化粧水のボトルのような物を取り出した。  中に入っていたとろみのある液体を、たっぷりと手のひらに取って温める。それが何に使われる物か気づいて、篠宮は僅かに肩を震わせた。 「やっぱり怖いですか? あなたが嫌だと思うなら、今日はやめておきます。もう、あなたの気持ちを無視するようなことは二度としたくない」  気遣うように声をかけられ、篠宮は反射的に眼を伏せた。怖いと思う気持ちはたしかにある。だがそれは痛みや苦しみに対してではない。この行為で快感を得てしまうのが怖いのだ。自分の身体が自分のものでなくなってしまうような、あの激しい快楽を再び味わうことに恐怖を感じるのだ。 「……続けてくれ」  聞こえるか聞こえないかの声で、篠宮は呟いた。結城がそれに応えて小さくうなずく。彼も少し緊張しているらしいと気づいて、肩の力がふっと抜けた。 「痛かったらすぐに言ってくださいね」  ローションで濡れた指が、蕾のように固く閉じた部分を念入りにほぐしていく。第一関節らしき部分が中に入ると、湿った粘膜が待ちかねたように指先に吸い付いた。 「篠宮さん……ここ、嬉しそうに絡みついてきてますよ」  結城がありのままの事実を端的に述べる。篠宮は恥ずかしさで泣きそうになった。こんなに淫らな動きをしているのが、自分の身体だなんて信じられない。 「そんなに欲しいの? 前もこんなに硬くして、自分から腰突き出して……早く挿れてほしくてうずうずしてるんでしょ?」 「ばっ、馬鹿、そんな訳……!」 「だって。こんなにぴったり吸いついて、ピクピクしてますよ」  そう言うなり、結城は中指を根元まで差し入れた。狭い道がぐっと押し広げられ、彼に教えられた快楽の記憶が身体の奥底から甦ってくる。 「んうっ……!」  篠宮はくちびるを噛んで快感に耐えた。たったこれだけのことで、もう達してしまいそうだ。 「ここ、ですよね」  結城の器用な指が、いとも簡単にその場所を見つけ、そっと撫で上げてきた。 「あっ、いや……あ」  押し寄せる官能の波に抗えず、すぐに甘い声がもれた。内側の壁が、結城の指を包んでぎゅっと収縮する。初めての時よりも敏感になっているのは明らかだった。 「い、あっ……」 「我慢しないで。気持ち良くなることだけ考えてください」  指の数を増やし、結城がそっと抜き差しを続ける。篠宮が痛みを感じていないのを確認すると、結城は篠宮の腰に顔をうずめて、前でいきり立っているものの先端をくわえた。 「や、やめっ……」  口内に含まれるのは初めての経験だった。結城が舌先をとがらせ、割れ目やくびれの部分を容赦なくなぞってくる。内側から押すように同時に刺激されると、理性では歯止めがきかなくなった。 「うあっ……!」  背を弓なりに反らし、篠宮は身体全体をびくびくと震わせた。  結城は驚いた顔をしていたが、すぐに何が起こったのか理解すると、極上の酒でも味わうかのように眼を細めてその液体を飲み込んだ。  篠宮は羞恥で顔が真っ赤になるのを感じた。口の中に出してしまったのだ。あろうことか同性の、しかも部下の口の中に。 「恥ずかしがることありませんよ。ちゃんと気持ち良くなってくれて、嬉しいです」  ぺろりと舌を出して口の周りを舐め取り、結城は不敵に微笑んだ。 「見てください……篠宮さんが欲しくて、こんなになってますよ」  見せつけるように結城が腰を突き出す。その存在感に、篠宮は思わず後ずさった。先端が大きく張り出し、幹の部分も筋ばって胴震いしている。こんなに太い物を挿れられるのかと思うと、恐怖が先に立った。 「安心してください。優しくしますから」  結城が手早く避妊具を付け、その上からもう一度ローションを塗りこめる。蕾の中心に先端が当てられた。 「挿れますよ」  呼吸を確認しながら、結城が腰を進めてくる。肉をかき分けて骨まで押し広げられる感覚に、背筋がぞくぞくと震えた。 「もう少し腰上げて」  圧倒的に太いものが、狭い道をならしながら奥まで入ってくる。これ以上は無理だと思ったところで、結城の動きが止まった。 「全部入りましたよ」  篠宮は先ほど眼にしたものを思い返した。あれが、全部入ったのか。結合部の周りに、彼の根元の茂みが触れているのが判る。身体の奥が押されて苦しいはずなのに、その圧迫感がたまらなく心地よい。 「篠宮さんの中、気持ちいい……」  恍惚とした表情で、結城は眼を細めた。すぐには動かず、繋がった部分が馴染むのを待つ。 「痛くないですか?」 「大丈夫……だ」  篠宮の返事を聞くと、結城はゆっくりと腰を前後に動かし始めた。自分の快楽を追うだけの性急な動きではない。篠宮の表情を見ながら、微かな声音を聞き分け、快感を引き出していく。

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