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恋人になって

「いったい君は、私のどこがそんなに気に入ったんだ。君なら、他にいくらでも相手がいるだろう」  コーヒーを飲みながら、篠宮は隣に座る結城に問いかけた。なぜ彼がここまで自分に執着するのか解らない。結城なら女性はもちろんのこと、その気になれば男性にだって不自由しないだろう。 「もういろいろありすぎて分かりませんけど……強いていえば、可愛いとこですかね」 「可愛い? どこを見てそんなことを言っているんだ」 「あーもう、その顔です。怒ってる篠宮さん、ほんと可愛くてたまらないですよ。特に仕事中。もうあの顔見るたび、もっと怒られたいって思いますね」  聞かなきゃ良かったと篠宮は思った。訊いてみたはいいが、答えの意味が解らない。察するにこいつは、脳がやられているのだ。そうに違いない。 「二番目はやっぱり、美人で男前なとこですかねー。人を外見で判断するつもりはないけど、篠宮さんの綺麗さは別格だから。世界中の俳優とかモデル集めても、篠宮さん以上って人はまずいないと思いますね」 「前から思っていたんだが……君は眼が悪いのか?」 「いや。俺、視力は両目とも一・五ですよ」  だから篠宮さんの顔もよく見えます、と結城は声を上げて笑った。 「あとは……そうですね。表情豊かなとことか」  続く言葉を聞いて篠宮はさらに耳を疑った。  何を考えているか解らない。感情が読めないとはよく言われるが、表情が豊かだと言われたことなど一度もない。 「そんなこと、初めて言われたぞ」 「えー。篠宮さん、けっこう顔に出てると思いますよ。他の人には判らなくても、俺には判ります」  けっこう顔に出ていると言われ、篠宮は我が身を振り返った。  仕事をしていく上で、思い通りにならないことは誰にでもある。苛々したり内心思うところがあっても、感情が表に出ないおかげでうまく隠しおおせていると、今までは思っていた。篠宮は心の隅で考えた。今度、鏡でよく見てみよう。 「あ。今『こんど鏡でよく見てみよう』って思った?」  結城が無邪気な顔で尋ねる。篠宮は驚いて眼を(みは)った。  図星だ。そして今『図星だ』と思ったことも、きっと結城には伝わっているのだろう。 「判りますよ。この口の端あたりとか、あと、目許(めもと)のこのへん……」  結城の指が、頰にそっと触れる。  篠宮は避けようとはしなかった。昼間と違い、指が触れただけで心臓が跳ね上がるようなことはない。少しアルコールが入っているせいだろうか。  結城の手が篠宮の顔の輪郭を優しくなぞり、愛撫といっていいほどになる。その瞳の光が、切なげに揺らめいた。 「篠宮さん……」  結城が顔を近づけてくる。くちびるが、篠宮のそれを軽くかすめていった。 「……嫌?」  結城が上目遣いで尋ねてくる。  篠宮は故意に視線をそらした。嫌ではないのだ。嫌だと思うどころか……ほんの少しくちびるが触れ合っただけで、身体の奥が甘く疼き始めるのが分かる。  どうして、自分は誘われるままここに来たのか。篠宮は心の奥で自問自答した。  仲直りの印などと言ったのは、耳触りの良いただの言い訳に過ぎない。自分は、結城とこうなることを願っていたのではないか。あの夜のように、なりふり構わず求めてほしい、そう望んでいたのではないか。  このまま流されてしまいそうな気持ちを抑え、篠宮は理性を総動員して言葉を振り絞った。 「その……恋人でもないのに、こんな事をするのは……」 「じゃあ、恋人になってください」  甘えるような声で、結城が静かに訴えかけてくる。この顔と声で口説かれて、首を横に振る人間がいたらお目にかかりたいものだと篠宮は思った。 「俺、好きになってもらえるように努力します。だから……」  恋人になって。結城はもう一度そう繰り返した。 背が高く顔は整って、話題も豊富な、恋人として非の打ち所のない彼。その彼が、好きになってもらえるよう努力すると言っている。篠宮はみずからを振り返った。この自分のどこに、そこまで言わせるほどの魅力があるというのか。 「あ……」  篠宮は掠れた声で息をついた。胸の奥が熱くなり、その熱が広がって身体の隅々を浸していく。  今ここで申し出を受ければ、彼はすぐに自分を求めてくるだろう。強く抱き締めてキスをして、愛していると何度も囁き、眼も眩(くら)むような官能の世界へ連れていってくれるだろう。その誘惑はあまりにも甘美だった。 「……分かった」  篠宮はうなずいていた。胸の中で自分に言い訳をする。仕方ない。不可抗力だ。 「ほんとに?」  結城が眼を輝かせる。自分の心を確かめるように、篠宮はもう一度うなずいた。  頰に血がのぼっていくのが判る。恋人になると……彼に抱かれてもいいと、承諾してしまったのだ。もう後戻りはできない。 「絶対、後悔させません……一生大事にします。愛してます、篠宮さん」  結城が再びくちびるに触れてきた。  先ほどのような子供騙しのキスではない。何度も角度を変えて口接けながら、閉じたくちびるに少しずつ舌を差し入れていく。背中に手を回され抱き締められると、腰の辺りに甘い痺れが走った。

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