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根掘り葉掘り
「俺と篠宮さんの、二人きりの、大切な時間を邪魔しないでもらえますか?」
意味深な言葉を連発しながら、結城はエリックに食ってかかった。黙って見ていたら、冗談ではなく噛みつきそうな勢いだ。
「ミスター・ユウキはマサユミのことが好きなの? 企画部のレディたちが、君はマサユミに首ったけだと話していたよ」
エリックがからかうように問いかける。
「好きですよ。首ったけです、べた惚れです、ぞっこんです。だったら悪いですか?」
「いや、いいんじゃないかな。好きになったら性別関係ないと、ぼくも思ってるし」
飄々とした声でエリックが答える。その不遜な態度が、余計に結城の癇に触ったらしい。どうやら篠宮のことがなくとも、この二人はもともと相性が悪いようだ。
「篠宮さんは俺の恋人なんです。だから邪魔しないでください」
「へえ。そうなの、マサユミ?」
「それは……」
二人の間の微妙な事情をどう表現したものか、篠宮は迷った。
「ふうん」
エリックが謎めいた含み笑いを見せる。篠宮が言葉に詰まったことで、イエスでもノーでもない曖昧な関係をなんとなく察したようだ。
「この会社に、社内恋愛禁止というルールがあるのは聞いたけどね。そんな野暮なこと、ぼくは言わないよ。恋愛は自由だからね。見て見ぬ振りくらい、できるよ」
「そうですか。それなら、一刻も早く俺たちを二人にしてください」
結城が身も蓋もない口調で言い切る。
「結城くん。ガードナー部長補佐は上司なんだぞ。もう少し礼節というものを……」
「いや。いいんだよ、マサユミ。恋人が他の男と親しく話していたら、心穏やかでなんていられないからね。今日のところは退散するよ」
そう言っておとなしく引き下がるかと思えば、エリックは最後の最後に火種を落としていった。
「じゃあね、マサユミ。今度はミスター・ユウキのいない時に」
隣で、結城がぎりぎりと歯を食いしばる音が聞こえたような気がする。前途に波乱が待っていることを感じて、篠宮は天を仰いだ。
「篠宮さん! あいつに連絡先教えたりなんてしてないですよね?」
「……教えてないはずだ」
「でもあいつ、自分の立場利用して、篠宮さんの電話番号調べるかもしれませんよ」
「会社の携帯の番号なら、すぐに判ると思うが……いくらなんでも、彼からいきなり私にかかってくることはないだろう。仕事の話なら、先に部長なり課長なりを通すのが筋じゃないか。もし仕事の話ではないのなら、私もその時はきっぱりと断る。そこは安心してほしい」
「でも……篠宮さん個人の番号は?」
「冷静になってくれ。たかが私の携帯番号とはいえ、れっきとした個人情報だぞ。勝手に調べて電話なんかしたら、どうなるかくらいエリックだって解るはずだ」
「それはそうかもしれませんけど……」
「君があんな風に敵意をむき出しにするから、逆にからかわれたんだ。そんなに心配することじゃない」
「でも……」
その後もさんざん根掘り葉掘り聞かれ、篠宮はついに、何かあったらすぐに結城に連絡するという約束をする羽目になった。しつこいほどに念を押され、ようやく結城が納得した頃には、休憩時間があと十分足らずになっていた。
「やばい! 早く食べないと」
「君のせいだぞ」
篠宮は横目で結城を見た。
人目もかまわず愛してると言い、要らぬ心配をして上司にたてつき、約束には執拗に念を押す。人間というのは、恋をするとここまで分別を失うものなのか。
それでも彼を嫌うことのできない自分の心を、篠宮は訝 しく思った。
こんな風に独占欲を押し付けられるなんて、普通なら迷惑きわまりないはずだ。それなのに、かえって好ましく感じてしまうのは何故だろうか。
自分は、彼に甘えているだけなのかもしれない。そう篠宮は結論づけた。どんなに突き放しても、変わらぬ愛を誓い、とろけるほどに優しく甘やかしてくれる彼を、自分は……ただそばに置いておきたいだけなのかもしれない。
結城と過ごした幾度もの夜を、篠宮は思い出した。あれほどの快楽を与えてくれるのは、この世で彼ただ一人に違いなかった。
「あ。篠宮さん。今ちょっとエッチなこと考えてたでしょ?」
篠宮の顔を見て、結城が笑みを浮かべる。
「そんなわけないだろう! 勤務中だぞ!」
「冗談ですよ。ほら、早く行きましょう。ミーティング始まっちゃいます」
空になった容器を袋に突っ込み、結城は先に立って歩きだした。
◇◇◇
朝の通勤電車の混み具合ときたら、本当に殺人的だ。
満員の中、出口までの距離を眼で測り、押し合いへし合いしながらなんとか目的の駅で降りる。エスカレーターの列に並び、さらに階段を上って地上へ出る。大変ではあるが、毎日のことなのでさすがに慣れてしまった。
今日もその儀式を終えた篠宮は、改札を出てすぐの所で信号を待っていた。
向かいのコンビニの入り口に、クリスマスケーキの店頭幕が張ってある。そういえば明日はクリスマスイヴだったかと、篠宮は今になって気がついた。毎年のことながら、プライベートではなんの予定もないので、すっかり頭から抜け落ちていた。
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