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予定のひとつやふたつ

「そうかそうか。だったらいいじゃないか。クリスマスに一緒に過ごす相手もいない、寂しい男たちがここに集まってるんだ。(きよ)しこの夜に、なんの予定も入っていないなら、君にも立派に参加資格があるぞ」 「ですが……部長には、ご家族がいらっしゃるのでは?」 「うちの女房なら、子どもらを連れてイタリアに旅行に行っとるよ。ひどい話じゃないか、亭主だけ働かせて、自分たちは遊んでるなんて」  ははは、と部長は破顔した。ひどい話と言いながら、その実けっこう自由な時間を楽しんでいるらしい。  次に口を開いたのは佐々木だった。 「俺もかれこれ、彼女いない歴三年になりますからね……ヤケ酒でも飲まないとやってられないです」  そう言って、眼許に手の甲を当てて泣き真似をする。山口がそれを聞いて眉根を寄せた。 「俺なんか、ある意味もっとひどいっすよ……先週、振られたんです。先週ですよ先週! クリスマスの前の週になって!」  こちらの心の傷はさらに深そうだ。部長が苦笑しながら言葉を続けた。 「篠宮くん。もし予定がないなら、ここはひとつ優しい先輩として、可哀想な後輩たちに付き合ってやってくれないか。私ひとりでは、二人を無事に家へ送り届けられるか不安だ」  篠宮は考えをめぐらせた。彼らの愚痴に付き合うといっても、自分は恋愛についてアドバイスなどできないのだ。酔った後輩を抱えてタクシーに突っ込むくらいはできるが、後は役に立てそうもない。だがここで部長たちの話を断れば、今度はエリックが誘いをかけてくる可能性がある。 「分かりました。お供します」  篠宮はそう返事をした。部長たちの話を先に受けてしまえば、結城も安心できるだろう。他の男と飲むなと言われそうだが、エリックと二人きりよりは遥かにましだ。 「結城くんは?」  部長が問いかけると、結城は焦ったような顔で腕時計を見た。 「あー、済みません。行きたいのはやまやまなんですけど、俺ちょっと用事があって。またこんど誘ってください! お疲れさまでした!」  頭に手を当てながら詫びて、結城は急ぎ足で外へ向かっていった。よほどの急用なのだろう。  篠宮は人知れず眼を伏せた。なんの用事なのか気になるが、自分にそれを聞く権利はない。結城がなにも言わないのに、こちらから問い詰める気にはなれなかった。  部長が含み笑いをした。 「まあクリスマスイブの夜だ。彼なら、予定のひとつやふたつあるだろうな」 「結城の野郎。なんだかんだ言って、彼女いるのかよー。あの裏切り者! 篠宮主任、何ですかあれ! ただの浮気者ですよ!」  佐々木が地団駄を踏む。胸の奥にちくりと刺さった棘に、篠宮は気づかないふりをした。たしかに結城なら、予定のひとつやふたつ、あって当たり前なのだ。 「じゃあ篠宮くんを入れて、今のとこ四人……と。よろしければ、ガードナーさんもいかがですか? 篠宮くんと、積もる話もあるでしょう。普通の居酒屋ですが、日本の居酒屋はメニューも多彩で楽しめると思いますよ」  手あたりしだいというべきか、部長はついにエリックまで勧誘し始めた。可哀想な後輩のためなどと言っているが、単に宴会好きなだけなのだ。 「部長。ガードナー部長補佐は、クリスチャンですから……」 「いいよ、マサユミ」  口をはさみかけた篠宮を、エリックは手で制した。 「たしかに国では、家族と静かに過ごすのが普通ですが、私も今は一人で日本に来ている身です。仲間たちと友情を深めるのも、良いことだと思いますよ。せっかくのお誘いですから、ぜひ参加させてください」 「そうですかそうですか。それじゃあ、全部で五人……と」  にこにこと笑う部長を見ながら、篠宮は口をつぐんで押し黙った。エリックも来るとは予想外だったが、だからといって今さら行かないとも言えない。  もしかしたら、みんなが解散した後に個人的に誘われるかもしれない。だが、その時はその時だ。はっきりと断ればそれで済む。 「よーし、今日は飲むぞー!」  明らかに空(から)元気だと分かる声を出しながら、佐々木が腕を振り上げた。  二時間の飲み放題コースが終わり、後輩たちの愚痴聞き大会がお開きになったのは、二十一時を少し回った頃だった。  山口と佐々木の二人はかなり酔っていたものの、どうにか自分で帰れそうだったため、バス停まで送るだけに留めた。部長はこれから馴染みのクラブに行くと言って姿を消し、後には篠宮とエリックの二人が残った。 「クリスマスイヴの夜に、貴重なお時間をいただきありがとうございました。仕事仲間と飲むなんて、退屈だったんじゃありませんか」 「いや、とても楽しかったよ。マサユミともたくさん話ができたし……あれが日本式のコミュニケーションなんだね。強制されるのは嫌だけど、自分で選択して参加するぶんには良いんじゃないかな。日本人はあまり本音を言わないから、ああいう酒の席があってもいいのかもしれないね。文化の違いがよく解って、面白かったよ」  駅へ向かいながら、篠宮とエリックは当たり障りのない会話を続けた。

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