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惚れちゃうかもしれない

 今までこの話を避けていたのは、結城から決定的な言葉を聞くことが怖かったからだ。篠宮は初めて、自分がそう思っていたことに気づいた。 「その知り合いというのは……女性じゃないのか?」  抑えた声音で、篠宮は結城に問いかけた。  彼はどう答えるだろう。絶望と、ほんの僅かな希望が、胸の中で交錯した。 「え、女の人? ……なんでそう思うんですか」 「白いコートに白い帽子の……」  篠宮がそう口にしたとたん、結城の顔色が明らかに変わった。  やはり、そうか。篠宮はこぶしを握り締めた。関節が白く浮き出し、手のひらに爪が食い込んだ。 「見かけたという人がいたんだ。あの日の夜、池袋の駅で、君が二十歳前後の女性と一緒にいたと。その女性は、君とどういう関係なんだ」 「そっ、それは……」  狼狽する結城の表情を、篠宮は諦めに似た気持ちと共に見つめた。  好きです。愛してます。一生大事にします。その言葉に耳を傾け、一瞬でも永遠の愛を信じた自分が、ひどく情けないものに思えた。 「言えないのか」 「いや……あの」 「そうか。では、君との関係もこれまでだな」  きっぱりとそう告げ、篠宮は立ち上がった。 「待って! 分かりました。言います、言いますよ!」  慌てた様子で、結城は篠宮の脚にすがりついた。 「ぜんぶ話しますから、行かないで! ……それ、俺の妹です。結城真百合。歳は十九。れっきとした、俺の実の妹です」  これまでさんざん口を濁してきたのが嘘のように、結城はすらすらと言葉を並べ始めた。 「……妹?」  予想もしていなかった答えに、篠宮は思わずもういちど聞き返した。 「君に妹がいるなんて聞いてないぞ」 「そりゃそうですよ。言ってませんからね」  ふてくされたような表情で結城が呟く。頭が混乱してきて、篠宮は考えを整理するためもう一度ベッドに座り直した。 「だが、君は『知り合い』と……」 「嘘じゃないでしょ。知ってる人なんだから」  頰をふくらませながら、結城は短く返事をした。 「しかし、だとしたら……なぜ隠す必要があるんだ」 「だって、俺の妹……身内の贔屓目を差し引いても、めちゃめちゃ可愛いんですよ! 俺に似て! だから、篠宮さんが見たら……もしかしたら、惚れちゃうかもしれないと思って」  床にへたり込みながら、結城が子どものように拗ねた表情を見せる。  篠宮はひたいに手を当てた。要するに結城は……彼いわく『めちゃめちゃ可愛い』妹の容姿が、恋人の気を引いてしまうことを恐れた。故に、その存在を内緒にした。そこまではどうにか理解できた。 「それにしたって……もし君が私に、本当に恋人でいてほしいと思っているなら、いつまでも隠しおおせるものじゃないだろう。親しくなれば、会話の中で家族の話が出てくることだってある」 「篠宮さんが俺のこと好きになってくれて、もう大丈夫って思えるようになったら、その時に紹介するつもりだったんです。でも、今は……今は」  心配だったんです。すっかり居直った様子で、結城はそう言い訳を述べた。 「親父とお袋はもうこっちにいるんですけど、真百合の奴は学校があるから、まだアメリカに住んでるんですよ。イヴの夜に、両親に直接プレゼントを持っていって、びっくりさせようって魂胆だったらしいんです。でもあいつ、方向音痴な上に機械音痴で……親父の家にももう三、四回は行ってて、鍵まで持ってるくせに、道が分かんないって言うんですよ」  あの映像に映っていた女性の姿を、篠宮は思い出した。見た目は可愛らしい感じだったが、道も分からないのにいきなりサプライズで海を渡って来てしまうあたり、兄に似て無謀な性格のようだ。 「まああの辺は道も込み入ってるし、昼と夜じゃ雰囲気も違うから、仕方ないっちゃ仕方ないんですけどね……親父たちに迎えに来てもらえって言ったんですけど、それじゃあドッキリにならないってゴネるんですよ。あいつほんと強情で、放っといたらなに始めるか解んないから。信太郎さんが住んでるのは大阪だし、俺が迎えに行って案内するしかなかったんです。家に着いたら着いたで、親父たちがすぐに帰らせてくれないのは分かりきってたし……帰りが遅くなるって言ったのも、そのせいなんです」 「そうなのか」  滔々と流れていく結城の言葉を聞き終わると、篠宮は気の抜けた声で呟いた。 「しかし、それならそうと正直に言ってくれれば……妹さんがはるばるアメリカから来たんだ。迎えに行って家まで案内するから、食事の件はキャンセルすると言ってくれたら、私だってすぐに納得したのに」 「言えるわけありませんよ! まかり間違って、篠宮さんも一緒に行くとか、三人で食事するとかいう話になったらどうするんですか! そんな危険、冒せません!」  結城は大声でまくし立てた。要するに、何がなんでも妹の存在だけは隠しておきたかったらしい。  心配性も、ここまでくると滑稽としか言いようがない。篠宮は小さく溜め息をもらした。二十五歳の自分にとっては、十九歳の女性など少女といっても良いほどで、とても恋愛対象にはなり得ない。一般的にいうなら、六つくらいの歳の差はなんでもないのかもしれないが……若々しさというものをどこかに置き忘れてしまった自分にとっては、二十歳前の女性なんて、まるで異次元の存在だ。

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