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【ハッピー・ニュー・イヤー】

 小春日和の午後の光が、カーテン越しに暖かく射し込んでいる。 「いい天気ですね。明日も晴れるといいな」  腰にタオルを巻き、結城は開いたままのドアから寝室に入っていった。身体全体から、石鹸の香りのする湯気が立ち昇っている。 「篠宮さん、お正月に食べたい物ありますか? 後で一緒に買いに行きましょうよ」  濡れたひたいを手で押さえながら、篠宮は無言でその後に続いた。こちらも間違いなく湯上りだと判る、素肌にバスローブを羽織っただけの姿だ。 「……ん?」  返事がないことを不審に思ったのか、結城は後ろを振り返った。次の瞬間、その眼が驚いたように見開かれる。 「篠宮さん、大丈夫ですか? 顔真っ赤だけど。お湯が熱すぎたかな」 「ああ……ちょっとのぼせたようだ」  ようやくのことで篠宮は声を絞り出した。普段あまり汗などかかないのに、今はこめかみや背中がじっとりと濡れて、いっこうに収まる気配がない。長湯しすぎたのだろう。 「ほんとに? 待ってて、お水持ってきてあげる」  ばたばたと部屋を出ていったかと思うと、結城はすぐに水の入ったコップを持って戻ってきた。 「ほら、座って」  篠宮をベッドの端へ座らせ、結城がコップを差し出す。最初の一口でゆっくり喉を湿らせてから、篠宮は残りを一息に飲み干した。身体の中にこもった熱が、幾分かましになったような気がする。 「済みません、気がつかなくて……篠宮さんとお風呂入るのが楽しすぎて、無理させちゃいましたね。少し横になったほうがいいですよ。これも、脱いで」  肩に手を添えてバスローブを脱がせると、結城は布団をめくって、ベッドの上で休むよう目配せした。  篠宮は素直に従った。頭が熱くてぼうっとする。ここは結城の言うとおりにしておいたほうが良さそうだ。  枕に頭をのせ、篠宮は火照った身体をベッドに横たえた。冷たいシーツが肌に心地よい。 「具合が良くなるまで、暖房ちょっと止めときますね」  リモコンを操作して空調を止めると、結城は棚から通販のカタログのような物を取り、それで篠宮の顔を扇ぎ始めた。 「……顔色戻ってきた。少し良くなりました?」 「ああ。だいぶ楽になった」 「良かった」  ほっとしたのか小さく溜め息をつき、結城はカタログを棚に戻した。そのまま、篠宮に寄り添うようにしてベッドの上に寝転がる。 「君は横になる必要はないだろう。湯冷めするから、早く服を着たほうがいい」 「酷なこと言わないでください。好きな人が裸でベッドに横になってるのに、落ち着いて服なんか着てる場合じゃないでしょう」  篠宮の顔にくちびるを寄せ、結城はちゅっと音を立ててまぶたにキスをした。 「篠宮さん……いい匂い」  愛おしそうに頭を撫で、結城が首筋に鼻を近づける。 「同じ石鹸とシャンプーじゃないか」  篠宮は小さな声で異を唱えた。浴室に有ったものを借りただけなのだから、結城と同じ香りのはずだ。香水はつけていないし、何か特別な香料を使っているわけでもない。 「いえ、篠宮さんの匂いです。頭ん中痺れて、くらくらするくらい……いい香り」  夢見るような表情で、結城が頰をすり寄せる。くすぐったさを感じて、篠宮は僅かに身を引いた。  結城が腕に力をこめ、篠宮の身体を自分のほうへと引き戻す。柔らかなくちびるが、鎖骨から胸許へ徐々に移動していった。 「昨夜の篠宮さん、ほんと可愛かった……ずっと俺の名前呼んで、泣きながら気持ちいいって叫んで……最後には、ここにキスしただけでイッてましたよね」  そう言って胸の突起を舌先で撫でる。篠宮が身を震わせると、結城はからかうような表情を見せ、軽く歯を立てて甘噛みした。 「その……済まない。呆れただろう」  昨夜の自分の痴態が脳裏に甦り、篠宮は眼を伏せて赤面した。初めのうちこそどうにか自制が効くが、甘い声で愛を囁かれ求められると、すぐに理性が役に立たなくなってしまうのだ。自分の身体がこれほど淫らだったなんて、彼と関係を持つまで考えたことすらなかった。 「そんなことありませんよ。あんなに感じてくれるなんて、男冥利に尽きます」  結城が嬉しそうに眼を細めた。頰を寄せて何度も口接け、そのたびに篠宮が見せる反応を繰り返し楽しむ。 「ねえ篠宮さん。初詣、どこに行こっか? どっか行きたいとこあります?」 「そうだな……」  急に投げかけられた結城の問いに、篠宮は少し考えてから答えた。 「仕事運や出世運が上がる所がいいんじゃないか」 「えー。嫌ですよそんなお堅いとこ。縁結びとか恋愛成就の神社がいいな」 「君の場合、仕事面をどうにかしないと、恋愛も成就しないと思うぞ」 「あー……やっぱりそう来ます?」 「そうに決まってるだろう」 「仕事運が良くなったら、恋愛もうまくいきますか?」 「可能性は上がるんじゃないか」 「ちぇー。篠宮さんがそう言うんじゃ仕方ないや。仕事運上がるとこにしましょうか」  上目遣いで篠宮を見上げ、結城は軽く苦笑いした。右手を伸ばして篠宮の脇腹に触れ、すべすべした感触を楽しむようにそっと撫でる。

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