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年越しパーティー
「篠宮さん……」
その視線が熱を帯び始めた。肌に感じる吐息が熱くなり、火傷しそうなほどになる。せっかくシャワーの熱の冷めた身体が、また熱くなってきた。違う意味で頭に血が昇りそうだ。
「篠宮さん……愛してる」
甘く囁きかけ、結城が腰の下に手を伸ばし始めた時だった。
部屋の隅から、何かが振動する音が聞こえた。自分の電話だろうかと、篠宮は一瞬身体を起こしかけた。
……いや、違う。すぐに考え直して、篠宮は再び枕に頭をのせた。自分の電話は今朝の目覚ましに使ったきりで、マナーモードにはしていなかった気がする。おそらく結城の携帯電話だろう。
「……鳴ってるぞ」
「んんっ……いいですよ、放っときましょ」
電話など気にする様子もなく、結城はくちびるを近づけて、篠宮の胸にキスを繰り返した。
「どうせ、料金プラン変えませんかとか、そういう電話ですよ。そんなことより、篠宮さんを気持ちよくさせるほうが大事だもん」
篠宮の上に覆いかぶさり、結城はさらに大胆なキスを見舞ってきた。腰を抱き寄せ胸を密着させて、裸の肌が触れ合う心地よさを最大限に楽しもうとする。
電話はなかなか鳴り止まなかった。
十コールを過ぎてもまだ振動し続けている。セールスの電話にしては長すぎた。それに、今日は大晦日だ。そういった勧誘を生業とするコールセンターだって、よほどのブラック企業でもないかぎり、さすがに休みに入っているだろう。
「もうっ、せっかく良いところなのに」
さすがに業を煮やしたのか、結城は立ち上がって歩き始めた。上着のポケットに無造作に手を突っ込み、携帯電話を取り出す。そこに表示された画面を見て、親父かよ、と彼が呟く声が耳に届いた。
「はい」
若干不機嫌そうな声で、結城が電話に出る。電話の相手が誰かということに気づき、篠宮は心臓が跳ね上がるような思いで胸を押さえた。彼の父親……それは、すなわち社長ではないか。
たちまちのうちに頰が紅潮してくるのを感じる。ほんの三か月前まで、愛や恋など自分には関係のないことだと思い、誰とも交わらず禁欲的な生活を送っていたというのに。今では社長の息子とこんな関係になっているということが、自分でも信じられない。
今の今まで考えていなかったが、もし会社で社長に会ってしまったら、どう振舞えばいいのだろうか。
その時のことを考えると血の気が引くような思いで、篠宮はせわしなく顔色を変えた。あの広いビルの中で社長と顔を合わせることなど、めったにないとはいうものの……偶然というのは起こってほしくない時に起こってしまうものだ。エレベーターで二人きりにされた日には、挨拶すらまともにできるかどうか怪しい。
「えー。ああ、うん。今は家にいるけど」
篠宮の心の内も知らず、結城は電話を片手に気楽な口調で相槌を打っている。
「年越しパーティー? ……ええ? もういいじゃん。クリスマスに会ったばっかりでしょ? いや、ケーキあるよとか言われても……子供じゃないんだから」
苦笑と共に結城が返事をした。会話の内容はだいたい解る。どうやら、年末のパーティーに誘われているらしい。
「今回は勘弁してほしいんだけど。いや……ちょ、ちょっと待ってよ! 迎えに来られても困るから。分かった分かった、気が向いたら行くよ」
まったく気持ちのこもらない適当な返事と共に、結城は電話を切った。ポケットに電話を戻し、篠宮の顔を見て困ったように眉を寄せる。
「なんか。うちで年越しパーティーやるから、おまえも来いって話で……真百合もいるし、信太郎さんも初詣はこっちでするから、みんなで行こうって言うんですよ。もう……なんでうちの奴らはみんな、基本アポ無しなんだよ」
「君が強引なのは家系のせいなんだな」
篠宮は妙に納得した。社長はいわゆるワンマンとは違い、幹部たちの意見も積極的に取り入れて経営をしていくタイプだ。しかしながら、ここぞという時には驚くほどの力強さで周りを引っ張っていく。おそらく結城にもその血が流れているのだろう。
「行ってきたらいいじゃないか。年末年始くらい親孝行しろ」
篠宮はそう促したが、結城は気乗りのしない様子だった。
「えー、でも。年越しパーティーから初詣ってなったら、向こうに泊まるの決定じゃないですか。 せっかくの、篠宮さんの心をつかめるチャンスなのに。美味しい料理いっぱい作って、上の口も下の口も満足させて、この休みで篠宮さんに好きって言わせる予定でいたんですよ」
「下の……?」
「やだなあ、解ってるくせに。ここですよ。美味しいもの大好きでしょ?」
そう言って、結城は篠宮の腰を一撫でした。
「なっ……!」
あまりにも品のない物言いに、一瞬腹を立てかける。だが、結城がいっこうに悪びれない様子でにこにこしているのを見ると、怒る気も失せてしまった。
「……さっさと行ってこい」
そっぽを向いて顔が赤くなるのを誤魔化しながら、篠宮は短く一言だけ告げた。
「行きませんよ。篠宮さんと二人きりで過ごせる貴重な休日なのに、なんでわざわざ親父たちに会いに行かなきゃならないんですか」
「そう言うな。家族全員が集まるなんて、滅多にないことじゃないか。少しくらい面倒でも、顔だけは出したほうがいい」
篠宮がさらに強く勧めると、結城はあごに手を当てて思案顔になった。
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