62 / 396

お嫁さんにください

「格好いいというよりも、威圧感のほうが大きかったな。なんと言えばいいのか……近寄りがたい感じだった」 「そうだったんですか」 「決まりや規律といったものになによりも厳しくて、時間にも正確だった。色白だったが、決して不健康な感じではなく……白皙、という単語が一番しっくりくるな。英語は本当に堪能で、子供心に美しい発音だと思ったのを覚えている」  立て板に水を流すかのように、次々と言葉が溢れだす。自分は意外と饒舌なのかもしれない。真剣に話を聞く結城の顔を見ながら、篠宮はふとそう思った。 「篠宮さんって、お父さん似だったんですね」 「今にして思えば、似ているかもしれないな。あの人はそうは思っていなかったようだが」  年末年始に家へ帰ることすらしなかった父の、冷たく整った横顔が胸をよぎる。篠宮は、自分で自分の心を訝しんだ。父のことを思い出しても、かつてのあの、生傷に触れられるような痛みを感じない。 「ね、篠宮さん。こんど一緒に、お墓参りに行きましょう。篠宮さんは、ちょっと複雑な気持ちかもしれないけど……俺があなたに逢えたのは、篠宮さんのご両親のおかげなんです。ちゃんと、ありがとうございますって言っておきたい」  結城にそう言われて、篠宮は初めて墓という物の存在を思い出した。  駆け落ち同然に家を出た父は、親からも絶縁を言い渡されていた。とはいうものの、血のつながりがある以上は赤の他人というわけにもいかない。父が亡くなった後、篠宮の後見人となった親戚は、すぐに葬式と墓の手配をしてくれた。  父を亡くしたというのに涙も見せず、淡々と葬儀に参列する自分を親戚たちがどう思ったかは、想像に難くない。案の定というべきか、篠宮が成人すると、事務的な書類が送られてくるのみで後はなんの連絡もなかった。  篠宮は、別にそれを不都合とも思わなかった。他人も同然な親戚たちとの付き合いなど、面倒なだけだ。  祖父と顔を合わせたのも、父の葬儀の時が初めてだった。たぶん、もう会うことはないだろう。 「それで。俺、篠宮さんをお嫁さんにくださいってお願いします。ねえ篠宮さん。お父さん、いいって言ってくれるかな? 『おまえにお父さんと呼ばれる筋合いはない!』とか言われたりして」  新年から相変わらずの軽口をたたいて、結城が相好をくずした。 「まったく、君は……人が真面目に話しているのに」 「俺だって真面目ですよ。さっきから言ってるじゃないですか。俺、真剣にそう思ってるんです。あ、飲み終わったならそれください。捨ててきます」  篠宮の手から空の容器を奪い取り、結城は屋台の横にあるペットボトルのかごへ捨てに行った。  その後ろ姿を見ながら、篠宮は考えた。自分が結城のように前向きで快活な性格だったら、父に疎まれることもなかったのだろうか。結城と初めて顔を合わせたときに感じた、反感に似た思いの正体を篠宮は今になって知ることになった。あれは、自分にないものを持っている彼へのコンプレックスだったのだ。 「……篠宮さん。あそこにでっかいカメラ持った人がいますよ。なんかの取材ですかね?」  戻ってきた結城が、興味を持った様子で篠宮に声をかける。見ると、屋台から少し離れた樹のそばに男女の二人組がいた。  女性のほうは、何が入っているのかと勘繰りたくなるほど重そうなバッグを肩にかけている。男性のほうは大きなカメラと、折りたたみの三脚と思われる物を持っていた。  不意に、ちらりとこちらに眼を向けられたような気がした。思わず見返したが、篠宮は結城と違い、ぎりぎり裸眼で運転ができる程度の視力だ。本当に自分たちのほうを見ていたのかは判らない。着物を着ているから、周りに較べて少し目立っただけだろう。そう思うことにした。 「雑誌か何かだろう。初詣の取材じゃないか」 「そうですね」  返事をしながらも、結城は眼を離さない。 「新年の神社で撮影なんてめずらしくもない。そんなに観察したくなるほど面白いものでもないだろう」 「いえ……なんか、こっち見てた気がしたから」  結城の話を聞いて、篠宮は再び双眸を向けた。取材に来ていると思しき二人組は、メモを片手に向かい合って何やら話している。簡単な打ち合わせをしている様子だ。そのまましばらく見ていると、驚いたことに、彼らは迷うことなくこちらに近づいてきた。 「あの。ちょっとよろしいですか? 私、こういう者なんですけど」  声をかけてきたのは女性のほうだった。呆気にとられた篠宮に向かい、手に持った名刺を差し出してくる。篠宮はひとまず受け取った。篠宮も知っている男性向けファッション誌の名前が載っており、肩書には『ライター』とある。 「初詣のファッションってことで、雑誌掲載にご協力いただけるかたを探してるんですよ。街角スナップ! みたいな軽い感じなので、お正月の記念と思ってご参加くださればありがたいんですけど。着物の男性って超貴重なので……ぜひともお願いします!」 「すごいじゃないですか! ねえ篠宮さん、撮ってもらおうよ」 「馬鹿、簡単に言うな」  結城は乗り気だったが、篠宮は逆に渋い顔をした。

ともだちにシェアしよう!