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絶賛片想い中
「うーん。なんかさあ。あの子……俺のこと、ちょっとでも好きでいてくれてんのかと思って」
続いて大きな溜め息が聞こえる。彼女の気持ちが解らないという、よくある恋の悩みらしい。
「なに弱気になってんだよ。まあ見た感じ、おまえには高嶺の花っぽいから、気後れするのも無理ないけどさ。最初はお試しでも、付き合ううちに絶対好きにさせてみせるって豪語してたじゃん」
「いや、初めはそのつもりだったけど……だんだん、自信なくなってきてさ」
佐々木はまた溜め息をついたようだ。声の調子がどんどん深刻になっていく。
「あー分かった。デートに誘っても、忙しいとかって断られるんだろ?」
「デートはしてるよ。二人で旅行にも行ったし」
「だったら順調じゃん。二人で旅行に行って泊まったってことは、つまりそういうことだろ?」
「いや、なんていうかさ……彼女って、それだけの物じゃないだろ? デートに誘えば来てくれるけど、なんか、淡々としてるんだよね。俺のことどう思ってるのか、いまいち解らないっていうか……」
「あーもう。ただの:惚気(のろけ)かよ。たぶん、照れてるだけだろ。一緒にいてつまんねー男と、そんなに何度もデートするわけねえって。察してやれよ」
「そうかなあ……? うちの会社って、まあ大企業じゃん。そこの営業部に勤めてるってことで、都合よくキープされてんじゃないかな? 最近、そんな気がするんだよ」
「それはまあ……有り得る話だな。俺の前の彼女も、似たような理由で続かなかったし」
山口と佐々木の二人が、並んで肩を落としている姿が眼に見えるような気がする。篠宮は諦めて、そのまま自分の仕事を続けることにした。ここまで聞いてしまったのに、いまさら私語に対して注意などできない。
カタカタと、パソコンのキーボードを叩く音が響く。十分ほど経つと、思い出したように佐々木がまた喋り始めた。
「……でもさあ。もうすぐバレンタインだろ。俺、それに賭けてんだよね……もし彼女から本命チョコ貰えなかったら、その時はきっぱり未練を断ち切って別れようと思うんだ。そのほうがお互いのためだと思うし」
「まあ、それはそうかもな。いくら照れ屋の彼女でも、バレンタインのチョコくらいはくれるだろ。それが無いなら、たしかに諦めたほうがいいな……っと。あ。そのメール送ったら、文面だけこっちに転送してくんない? テンプレとして使いたいから」
「おまえなー。自分で考えろよ」
「いいじゃん。このまえ言ってた表計算のフォーム、俺が作るからさ」
「しょーがねーなあ」
呆れたような佐々木の声と共に、キーボードを打つ音が再び聞こえ始める。いちおう仕事はしているらしい。
「バレンタインといえばさ……結城の奴。あいつ、何個ぐらいチョコ貰うんだろうな」
「いやー。あいつだったら相当な数だろ。ほんと、背が高くて顔が良くて話し上手で帰国子女って……チートかよ。義理入れたら、最低でも六、七十個はいくんじゃねーか?」
「でもさ。あいつが絶賛片想い中だってことは、ここらの女子もみんな知ってる話だろ? それでもチョコあげたいって人は、そんなに多くないかもしれないぞ」
「え。でもあいつクリスマスの時、用事があるとか言って、えらい勢いで帰ってただろ。片想いだとかなんだとか、口じゃいろいろ言ってても、彼女は彼女で別に居るもんかと思ってたけど」
「俺も最初はそう思ったんだけどさ。後であいつに訊いたら、家族になんかあったとかで、マジで急用だったらしいよ」
「ふーん。じゃあ、浮気じゃなかったんだ」
「まあそうだろうとは思ってたけどな。あんだけ好きだ好きだ言ってて、他にも付き合ってる人がいるなんて有り得ないだろ。あれで二股かけてたら普通に引くわ……あ、いま送ったから。見といて」
「え? ……ああ、来た来た。サンキュ」
山口が礼を言う声が聞こえる。思わず溜め息をつきそうになり、篠宮は慌てて口許を手で押さえた。こんな話を間近で聞いてしまっては、物音を立てることさえ憚られる。噂話は、当事者が居ない所でやってほしい。
「なあ山口……レイナちゃん、チョコくれるかな?」
「知らね」
「なんだよおまえ。冷たいなー」
「うるせーな。俺はクリスマス前に失恋した痛手から、まだ回復してないんだよ。チョコだかなんだか知らねーけど、勝手にやってくれ。貰えなかったら別れろ。初めてのバレンタインにチョコもくれない恋人なんて、付き合ってる意味ねえぞ。時間の無駄だ」
初めてのバレンタインにチョコもくれない恋人なんて、付き合っている意味がない。その言葉がなぜか、篠宮の心の中で繰り返し再生された。
「え、失恋……? あ、そうか……ごめん」
佐々木が泣きそうな声で謝る。山口が急に笑い始めた。
「ははは。嘘々。本命チョコ、貰えるといいな」
「ありがとう山口ー! おまえやっぱ親友だよ!」
「バカ、でけー声出すな。仕事中だぞ」
感極まって大声をあげる佐々木を、山口が静かにたしなめる。
もういい。放っておこう。篠宮は肩で息をついた。今日に限って周りの声が気になってしまうのは、隣にうるさい奴がいないせいだ。
そうだ。今日の結城の研修が無事に済んだと、天野係長に伝えておかなければいけない。そのことを思い出して、篠宮は立ち上がった。
……もしかして今日、俺がいなくて寂しかった?
少し鼻にかかった甘い声が、胸の奥に甦った。
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