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そのままの意味
正午近くなると、休憩のために席を立つ者の姿がちらほら見受けられるようになった。
営業は足で稼げと言われたのは、遥か昔の話だ。この部署では昼間のこの時間でも、全体の三分の二ほどが席に座って、電話やメールを駆使しながら営業の仕事をしている。篠宮もその一人だ。
最近は結城を連れて外出することが多かったが、顔も覚えてもらったことだし、そろそろ得意先回りのペースは落としてもいいだろう。そんな事を考えながら、篠宮は書類の作成を終えて保存のボタンを押した。
「篠宮さん。さっき言ってたお礼のメールの文って、こんな感じでいいですか?」
隣に座っていた結城が、パソコンのディスプレイを指さしながら問いかけてくる。篠宮は椅子を動かして、結城の眼の前にある画面を覗きこんだ。
「そうだな……真ん中のここの所。『お願いします』だとしつこい感じだな。『いただければ幸いです』くらいにしておいたほうがいい」
「そっか。そうですね」
結城がディスプレイに向き直り、言われた箇所を真剣な表情で直し始める。篠宮はその横顔をじっと見つめた。
今さらだが、しみじみ眺めると結城はかなりの男前だ。晴れやかな澄んだ瞳に、形よく通った鼻筋。くちびるはややぽってりとして、肉感的な感じがする。少し長めの前髪が僅(わず)かに頬にかかっていた。さらさらした柔らかい髪質のせいか、重苦しい感じはしない。
「他に直すとこありますか?」
結城が急に振り向く。心臓を鷲掴みにされたような気がして、篠宮は掠れた声でようやく返事をした。
「いっ、いや……大丈夫だ」
「じゃ、これで送りますね」
結城が再びディスプレイのほうを向く。気持ちを鎮めるため、篠宮は自分の胸をそっと押さえた。意識して深呼吸することで、どうにか鼓動が元に戻ってくる。
「……切りがいいところで、休憩にするか」
「はい!」
休憩と聞いて、結城が嬉しそうな声をあげる。篠宮は思わず顔をそむけた。まばゆいほどの結城の笑顔を見ていると、なぜかそわそわと落ち着かない気持ちにさせられる。
「あれ? そういえば篠宮さん、お昼ご飯は? 朝会った時、なんか違和感あるなと思ったんですけど。よく考えたら、コンビニの袋持ってなかったじゃありませんか。いつも駅前のとこで買ってくるのに」
「その……今日は、買ってくるのを忘れてしまって」
「えー。めずらしいですね」
結城が不思議そうに首を傾げる。篠宮は固く口を閉ざした。君のことを考えていたら忘れてしまったなんて、とても言えない。
「だったら、一緒に社員食堂行きませんか? 篠宮さん、辛いもの大丈夫ですよね? カレーと担々麺が俺のお勧めなんです。けっこう美味しいですよ」
「だが……君は昼食を用意してきたんだろう」
「俺も急いでたから、パンしか買ってないんですよ。パンだったら、後で食べてもいいし……行きましょうよ、食堂」
断る理由も特にない。結城に熱心に誘われ、篠宮は仕方なくうなずいた。
席を立つ時になって、鞄の中にあるチョコレートのことがちらりと頭をよぎる。篠宮は周りを見渡した。営業部内にはまだ大勢の人が残っている。篠宮たちと同じく、切りの良いところまで仕事をしてから昼食に行こうと考えているのだろう。これだけの人目があるというのに、今ここで渡すわけにもいかない。
「どうしたんですか、篠宮さん。早く行きましょうよ」
「あ……ああ」
渡せないチョコレートに後ろ髪を引かれる思いをしながらも、なんとか表情だけは取り繕い、篠宮はおとなしく結城の後に付いていった。
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