74 / 396
義理チョコ
当然と言うべきか、昼のさなかの食堂はかなりの混み具合だった。
結城と二人でカウンターに並び、昼食を受け取ってテーブルに運ぶ。篠宮はカレー、結城はオムライスだ。バレンタインだからだろうか。カレーのご飯はハートに型抜きされており、オムライスにもケチャップでハートが描かれている。
「あー、いたいた。結城さーん!」
席に着いたとたん、遠くのほうから女性の呼び声が聞こえた。見ると、手に紙袋を提げた女性たちが結城に向かって歩を進めている。今日が何の日かということを考えれば、彼女たちがなんのために結城のもとへ来たかは、おおむね想像がついた。
「もう。今日はいつもの休憩所じゃなかったのね。探しちゃったわ」
「あー、はい。今日は、篠宮さんがお昼ごはん買ってきてなかったから。ここで食べることにしたんです」
「相変わらず篠宮主任ラブなのね」
「えへへー。もちろんですよ。もう口説いて口説いて口説きまくって、やっと昼ごはん一緒に食べるのだけはオッケーしてもらったんです」
オムライスをスプーンですくいながら、結城は愛想良く返事をした。
「四か月かかって、やっとお昼ごはんなの? このペースじゃ、手をつないでもらうまでに三、四年はかかるわね」
「いいんです。こうやってずっとアタックし続けたら、篠宮さんも最後には根負けして、結婚してもいいよって言ってくれるかもしれないし。俺、おじいちゃんになっても口説き続けますよ!」
「はいはい。気長にがんばって。幸せになれるといいわね」
呆れたように呟くと、彼女は手にした紙袋から大きな箱を取り出した。中には、口をリボンで結んだ色とりどりの袋が入っている。
「ハッピーバレンタイン! はい結城さん。これ、私たちからのチョコレート。好きなの選んでね」
「ははは。もうこの感じ、確実に義理じゃないですか」
「だってー。結城さんが片想い中なの、みんな知ってるじゃない。そんな人に本命チョコ渡しても、意味ないでしょ」
「それもそうですね、はは。ありがとうございます。一個いただきますね」
結城が手を伸ばして、箱の中の包みを取る。彼が受け取り終わると、箱は篠宮の前に回ってきた。
「篠宮主任もどうぞ」
女性がにっこりと笑って、篠宮にもチョコレートを選ぶよう促す。それを見た途端、結城の表情が変わった。
「待って! それ、義理チョコに間違いないですよね? 本命は駄目ですよ。義理しか受け付けないから。どうしても篠宮さんに本命渡したかったら、俺を倒してからにしてください」
「もう……ちょっと待ってよ結城さん。さっきこれ見て『確実に義理』って言ってたじゃない。いくらなんでも、これで本命はないでしょ」
「値段とか大きさじゃないんだよ。気持ちがこもってるやつは駄目だから。もしかしてこれ、中にこっそりメッセージが入れてあったりとか……」
結城が埒もないことを言い始める。篠宮は慌てて彼を押しとどめた。
「待ってくれ結城。君は先に一個選んだだろう。どうやって私が取る物だけに、メッセージを入れることができるんだ」
「選ばせてるかもしれないじゃん! 手品とかでよくあるでしょ。マジシャンが心理的トリック使って、自分の思ってる物を客に選ばせるやつ!」
「頼むから、それ以上わけの解らないことを言わないでくれ。みんなが呆気に取られている」
小さな子どもをあやすように結城をなだめると、篠宮はこの場を取り繕うため女性たちのほうを向いた。
「済まない。結城は今ちょっと、頭の調子がおかしいんだ。気にしないでほしい」
「え。いえ、あの……いいんです、そんなこと」
淡いピンクのカーディガンを着た女性が、なぜか顔を赤らめる。
「なにこれ。面白い……」
セミロングの髪にピンを飾った女性が、可笑 しそうにくすりと笑った。結城があまりに嫉妬深いので、滑稽に感じ始めたのだろう。そうに決まっている。
「結城さん。私たち、また遊びに来るから! よろしくね!」
「篠宮主任、最近人気出てきたから。マジで本命渡す人もいるかもよ?」
「頑張って番犬してね!」
思い思いに好き勝手なことを言うと、彼女たちは一斉に笑った。どうも結城の近くにいると、頭痛の種がどんどん増えていくような気がする。手を振りながら去っていく彼女たちを、篠宮は深い溜め息と共に見送った。
ともだちにシェアしよう!