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不機嫌の原因
「ああ……気持ちいいよ。篠宮さん」
結城の先端が奥に当たった。背後から受け入れているせいか、普段よりも深い場所に届いている気がする。内側の壁が柔らかく動き、彼を迎え入れているのが分かった。
「あっ、ん……結城」
大きく抜き差しされ、篠宮はくぐもった声を上げた。脚ががくがくと震え、膝から崩れ落ちそうになる。男に犯され、奥を突かれただけでこんなに感じてしまうなんて、自分の身体はどこかおかしいのではないだろうか。そう思う間にも快感はどんどん積み重なり、意識を絶頂へと追い上げていく。
「やっ、結城、やめ……! もうイく」
「まだ早いよ。ほら、ちゃんと立ってて?」
篠宮の腰を支えて体勢を立て直し、結城は背後から抱き締めるように腕を回した。エプロンの下に手を滑りこませ、篠宮の屹立したものを、根元から先端に向かってしごき上げる。
「結城っ……嫌、ほんとにイク、も、あっ」
「駄目。まだ我慢して。あーヤバい、すげえ興奮する」
泣きじゃくる篠宮などお構いなしに、結城は前と後ろ、そして胸の突起を同時に刺激してきた。
「イキたい? ……まだ駄目だよ」
射精しそうになるたびに寸前で止められ、巧みに焦らされる。後孔がひっきりなしに収縮し、すでに達しているような気さえした。
「いや、あ……!」
最奥の壁が痙攣し始め、弾みで精液を押し出してしまいそうになる。もう無理だと思った時、結城の口からようやく待ち望んだ言葉がこぼれた。
「よく我慢したね。いいよ、イッて…… 俺も出すよ」
甘く掠れた囁きと共に、体内の彼がひときわ大きくなった。
「んんっ、あ……!」
熱いかたまりが何度も最奥に打ちつけられる。次の瞬間、呼応するように、篠宮の前からも欲望の証が噴き出した。
「い、いや、あっ……!」
背中を震わせ、涙を流しながら、身を焼くような快感に必死で耐える。
白く濁った液体がエプロンの内側を汚し、ぽたぽたと音を立てて床の上に滴り落ちた。
◇◇◇
三月の始まりである今日の天気は、どんよりとした曇り空だった。
篠宮は深々と溜め息をついた。どこか落ち着かず苛々としているのは、天気のせいではない。
ソファーに深く身を沈め、篠宮はこつこつと指先でテーブルを叩いた。自分がこんな状況に置かれてしまった原因はどこにあるのか、何度も考え直してみる。
冷静に思い返せば、そんなに苛つくほどのことではないのかもしれない。だが、やはり一言くらいは文句を言っておかないと気が済まない。そして、その恨みごとを言うべき相手は、今ここに居ないのだ。
気分を変えて、昨日買った小説を読んでみようかと思ったが、数ページで挫折した。興味を引かれる巧みな書き出しであるにも関わらず、次々と雑念が湧いてきて、内容が少しも頭に入ってこない。
「ふ……」
なんとか気持ちを鎮めようと、もういちど溜め息をついたその瞬間。
テーブルの上の電話が鳴った。
稲妻のような勢いで、篠宮は電話に飛びついた。画面に表示された名前を見るやいなや、すぐに通話ボタンを押す。結城の能天気な声が聞こえてきた。
『あ。おはよう、篠宮さん』
「仕事中じゃないのか」
挨拶を返すことも忘れ、篠宮は問い詰めるような口調でそう言った。
『いま昼休みなんですよ。俺の愛しの篠宮さんは、今頃どうしてるかなーと思って。今朝は、篠宮さんにおはようって言えなかったし』
結城の言葉を聞いて、篠宮は眉間にしわを寄せた。おはようと言えなかった。そう。その点が問題なのだ。
「結城……今、周りに誰かいるか」
篠宮は小声でたずねた。いくら昼休みとはいえ、有給休暇を取っているはずの上司に電話をして、恋人のように親しく話すなど許されるはずもない。他の誰かに聞かれたら:大事(おおごと)になってしまう。
『いえ、俺しかいませんけど』
結城が即座に答える。それを聞いて、篠宮は胸を撫で下ろした。これで思いきり愚痴をぶつけることができる。
「どうして起こしてくれなかったんだ」
そう。篠宮の不機嫌の原因は、朝起きられなかったという、その一点に集約されていた。
もちろん普通の人であれば、決まった時間に起きられず寝坊をしたことが、一度や二度くらいはあるだろう。日常茶飯事、という人もいるかもしれない。
だが篠宮は違っていた。いくら勉強や仕事で疲れていようとも、寝るのが遅くなろうとも、朝は目覚ましよりも先に起きることが常だったのだ。時間に遅れたことがない。その点に関しては、篠宮は確固たるプライドを持って今までの人生を送ってきていた。
それが、今日という今日はどうしたことだろうか。朝起きると、すでに時計の針は九時半を指していた。早起きが習慣の篠宮にとっては、もはや昼と言ってもいいような時間だ。
隣を見ると結城の姿はなく、例によって嵐のように身支度をした形跡だけがうかがえた。眠りこけている自分を放置して、さっさと出かけてしまったに違いない。
『どうしてって言われても……あんまり気持ちよさそうに寝てたから、起こすのも可哀想かなと思って』
「起こしてくれ。いくら休みとはいえ、九時過ぎまで寝ているような怠惰な生活は性 に合わない」
『篠宮さんの寝顔、可愛いんだけどなあ……まあでも、篠宮さんがどうしてもって言うなら、明日からそうします』
渋々といった口調で結城はそう答えた。
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