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釈然としない

「こっちもガチガチになってるよ。ね……篠宮さん。倒れないように支えててあげるから、自分で触ってみて」  篠宮の手を取り、結城は前で硬くいきり立っている篠宮自身にそっと触れさせた。 「ほんとに自分でしたことないの? ほら……こうやって根元から、先っぽのとこまで撫でて」  優しく手を添え、結城は篠宮の自慰を促した。篠宮が一人でできるようになったのを確認すると、もういちど胸を支え直し、下からゆるく腰を突き上げる。 「や、結城……気持ちい……あっ」  快感に泣きむせぶ篠宮の眼から、一筋の涙がこぼれていく。ぐりぐりと回すように奥を刺激されるたび、後ろと前の快感が連動して、手が止まらなくなった。 「挿れながら、自分で擦ってるって……エロ過ぎだよ。ヤバい篠宮さん。俺、それ見てるだけで出ちゃいそう」  結城が切羽詰まった声をあげる。無意識のうちに後孔をきつく締め、腰を上下させて、篠宮は結城のものを根元からしごき上げた。  中に出してほしい。熱いかたまりを奥にぶつけ、頭の中までどろどろに溶かしてほしい。それ以外なにも考えられなくなる。内側の粘膜がびくびくと震え、絶頂が近いことが分かった。 「いや、あっ、あっ、結城……い、イく」 「俺も……一緒にイこ、篠宮さん」  情欲に掠れた声で結城が囁く。篠宮は視線でうなずいた。息を合わせ、同じリズムで腰をうねらせながら、共に昇りつめる感覚に我を忘れる。 「んんっ……うっ」  低く呻いた次の瞬間、待ち望んだものが身体の奥で解き放たれた。 「あっ……! あ、ああっ!」  最奥の壁が激しく収縮する。ベッドの上に両手をつき、篠宮は身体中を荒れ狂う快感が収まるのを待った。快楽が深すぎて、最近は戻ってくるのに時間がかかる。結城は、特別に意地悪をするとき以外はいつも、篠宮の身体が落ち着くまで静かに見守ってくれていた。 「はあ……はぁ……」  ようやく少し呼吸が楽になったところで、篠宮は固く閉じていたまぶたを開けた。見下ろした結城の頬と口が、白く粘ついたもので汚れている。 「……俺が顔射されちゃったじゃん」  笑いながら舌先を出し、結城はくちびるをぺろりと舐めた。  ◇◇◇ 「じゃあね篠宮さん。行ってきます」  行ってらっしゃいのキスが済むと、結城は玄関を開けながら笑顔で手を振った。  朝日を受けたその顔が、眩しいくらいに光り輝く。肌と髪はどこもかしこも艶々のぴかぴかで、エステにでも行ったのかと思うほどだ。 「ああ……行ってこい」  溜め息まじりに返事をして、篠宮は仕事に向かう結城を見送った。目覚ましをセットして、なんとか自力で起きることには成功したものの、まだどこか頭がぼんやりしているような気がする。  すっきりさっぱり、清々しい表情の結城を見ると、篠宮はどこか釈然としない気持ちで首を傾げた。どうして自分のほうにだけ、こんなに疲労が溜まっているのだろうか。たしかに彼のほうが年下ではある。しかし、二歳しか違わないのだ。そこまで体力に差があるとは思えない。  結城の姿が見えなくなると、篠宮は扉を閉めて部屋のほうへ向き直った。  台所を通り過ぎ、シャワーを浴びるため風呂場へと向かう。どうしようもなく、腰が重い。微かな痛みと気だるさの奥で、昨夜の快感が燠火のようにくすぶっている。  さぞかし疲れた顔をしているだろうと思ったが、鏡に映った自分の姿は意外にも血色が良かった。  篠宮は一人で赤面した。考えてみれば、今日はもう水曜日だ。日曜日にここへ来てからというものの、結城とは毎晩のように濃密な夜を過ごしている。その結果、血のめぐりが良くなって、肌にも張りが出るのは当然のことかもしれない。  翌日に疲れが残るのは勘弁してもらいたいと思うものの、結城ばかりを責めるわけにもいかない。断るのが心苦しくて、つい受け入れてしまう自分のほうにも非はあるのだ。  今日こそは結城に状況を説明して、夜のほうは控えてもらうことにしよう。篠宮はそう心に決めた。買い物の内容も重要だ。きちんと下調べをして、結城が元気になってしまいそうな食材は絶対に買わないようにしなければいけない。そうでもしないことには、自分の身が保たない。  服を脱いで、風呂場へ足を踏み入れる。昨夜の残り火を消し去るため、篠宮は熱いシャワーを頭から浴びた。  ◇◇◇ 「篠宮さん、今日はなに買ってきてくれたの? また牡蠣? 牡蠣?」  帰宅した結城が、悪戯っぽい笑みを浮かべて篠宮の顔を覗きこんだ。 「……二度と買ってこないからな」 「えー。そんなこと言わないで、たまには買ってきてよ。俺、牡蠣のシチューとか大好きなんだから」  そう言いながら、結城が冷蔵庫の中を漁り始める。傍らの野菜かごから玉ねぎを引っ張り出すと、彼は慣れた様子で手早くメニューを決めていった。 「薄切り肉にじゃがいも、玉ねぎとにんじん……よーし、今日は肉じゃがと、豆腐のサラダにしようかな」  今日は大丈夫だったようだな。篠宮はほっと胸を撫で下ろした。  昨日と違い、今日は普通の家庭で使う、ごくごく一般的な食材ばかりだ。念入りに調べたのだから間違いない。おかげで、食べ物に入っている栄養素について少し詳しくなってしまった。

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