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満ち足りた気持ち

「ちょっ、ちょっと篠宮さん。いいって……恥ずかしいよ」  「何を照れてるんだ。嫌なのか」 「そうじゃないよ。でも……」 「嫌じゃないなら大人しくしてろ」  頬を染めて恥ずかしがる結城を見ると、からかってやりたいという気持ちがいっそう膨らんできた。 「だって、篠宮さんにこんなこと……会社の上司なんだよ? その篠宮さんに、こんな事させてるなんて」 「いちおう上司だとは思ってくれてたんだな」  結城はいつもどんなふうにしていたか、その記憶をたどりながら、裏側の筋を舐め上げる。くびれた部分を舌先でくすぐると、結城が小さく声を上げた。 「そこ……気持ちいい」  もぞもぞと動き出す結城の脚を抑えこみ、篠宮はわざと音を立てて口接けた。先端をくわえてくちびるを滑らせ、そのままできるかぎり喉の奥まで含む。入りきらない部分には指を添え、輪にした部分を上下させながら根元からしごき上げた。 「ちょっと篠宮さん……そんなエッチな舐めかた、どこで覚えてきたの?」 「んっ……君が、いつも……私にしているだろう」  喉を鳴らして全体を強く吸い上げてから、篠宮は一度くちびるを離した。両手で幹を包みこみ。親指の腹で裏側の筋を撫でながら、いちばん敏感な先端を舌先で愛撫する。 「やっ、篠宮さん、待って……出ちゃう」  結城が掠れた声を上げた。張り詰めた部分がさらに硬くなり、根元がぴくぴくと波打ち始める。精液が通過している合図だ。篠宮はくちびるをすぼめて身構えた。 「あっ……イく」  びゅ、びゅっと、先端から温かい液体が断続的に噴き出す。若い雄の匂いが口の中いっぱいに広がった。 「んっ……」  舌の上に溜まったものを、篠宮は唾液と共に飲み込んだ。  とろみのある液体が喉を滑り下りていく。彼を受け止めきったという満足感が、身体中に広がっていった。 「ちょっと……篠宮さん。飲んじゃったの……?」 「ああ。美味いとは言えないが……意外と大丈夫だ」  結城の太ももに顔をのせたまま、篠宮は大きく息をついた。以前、自分の精液が口に入った時は、あまりの不味さに吐き気がしたものだ。だが結城のものは、あの不快な味と匂いがまったくと言っていいほど無い。あれをいつも中に注がれているのかと思うと、吐き気がするどころか、身体の中心に言いようもなく甘い痺れが走った。 「ありがと……篠宮さん。これで気持ち良く眠れそうだよ。ね……こっちに来て。抱き締めさせて」  まだ頬を上気させたまま、結城がそっと手招きをする。篠宮は身体を起こした。ベッドに両ひざをついて這い寄り、無言で隣に身を横たえる。  手を伸ばしてスタンドの明かりを完全に消すと、結城は篠宮を背中から抱き締めた。寝る時にいつもそうしているように、胸を寄り添わせ脚を軽く絡ませながら、耳許で小さく睦言を囁く。 「篠宮さん、大好き……愛してる」  暖かく心地よい腕に包まれ、篠宮は溜め息と共に眼を閉じた。こんなふうに抱き締めてくれたのは、篠宮の記憶にあるかぎり、いま隣にいる彼ただ一人だった。 「ね……篠宮さん。俺の愛って……重いですか?」  篠宮がうとうとし始めた頃、結城が不意にそう呟いた。 「……今さらそんなことを訊かれるとは思わなかったぞ」 「だって。初めての時もあんなだったし……なんでだろう。俺、篠宮さんのことになると、本当に理性が吹っ飛んじゃうんです。自分でも信じられないくらい、焼きもち妬きになるし、眠れなくなるし、毎日欲しくてたまんなくなる……他の人に対しては、そんなことなかったんです。独占欲も別に強くなかったし、毎日会いたいとも思わなかったし、眠れなくなることなんて一度もなかった……なのに、篠宮さんに関わることになると、病気かと思うくらいにまともな判断ができなくなるんです」  どうやら、結城は本当に真面目に悩んでいるようだ。篠宮は可笑しくなった。そもそも、入社初日に上司にプロポーズすることからして、まともな神経の持ち主がとる行動ではない。どうしてあのときすぐに気づかなかったのか、今となっては不思議なほどだ。 「病気かと訊かれても……病気に決まってるだろう。今ごろ気がついたのか」 「もう、茶化さないで聞いてくださいよ……最初は俺、篠宮さんと一緒に仕事できるだけでいいって思ったんです。だから親父に頼んで、篠宮さんの隣で働けるようにしてもらった……でもそうなったら、次はキスして肌に触れたいと思うようになった。一度でも抱くことができたら、後は死んでもいいと思った。でも、いちど抱いたら忘れられなくなった……身体を手に入れたら、次は好きって言ってもらいたくなった。好きって言ってもらったら、今度はもっともっと好きって言ってほしくなった……どこまでいっても、終わりがないんです。ね、篠宮さん……俺のこと、嫌になってませんか? 呆れてませんか? 鬱陶しいと思ってませんか?」 「たしかに……普通の人だったら、そうだったかもしれないな」  振り向いて、篠宮は結城の顔を見据えた。

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