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ストーカーの言い分

「そんな訳ないじゃない。どう見ても、結城さんの一方的な片想いよ」 「そうそう。本当に両想いなら、篠宮主任のほうにだって、もうちょっとそれらしい振舞いがあるはずでしょ」  女性たちが疑いの眼差しを向ける。だがそれを物ともせず、結城は真面目くさった顔で反論した。 「いやあ、それは……ほら。篠宮さんって、恥ずかしがり屋さんだから。照れてるんですよ」 「ちょっと結城さん。それ完全に、思い込みがエスカレートしたストーカーの言い分だから」  女性陣全員が声を合わせて笑う。結城が口をとがらせた。 「思い込みじゃないですよ。俺と篠宮さんは……」  何を言い出すのかと、篠宮は結城に拳を食らわせたい気持ちになった。『みんなにはバレないようにしてほしい』と、天野係長からしっかり釘を刺されているはずではないか。この会社は社内恋愛禁止なのだ。隠す努力くらいはしてもらわないと困る。 「佐々木さーん。飲んで飲んでー!」  謎の掛け声と共に、ぱらぱらと拍手が聞こえてきたのはその時だった。  周りの皆が一斉にそちらを見る。篠宮も例外ではなかった。 「はーい!」  少し離れた場所で、佐々木がドリンクの缶を持って手を上げている。完全に宴会の乗りだ。普段なら静かにするようにと注意するところだが、篠宮はあえて放っておいた。これ以上、結城に余計なことを言われてはたまらない。佐々木が注目を集めてくれて助かったというべきだろう。 「では皆さまのご期待にお応えして、佐々木、飲ませていただきます!」  この上なく上機嫌な様子で、佐々木は缶を大きく掲げた。顔が赤いような気さえする。ノンアルコールと言いながら微量のアルコールが入っている物もあるが、これは正真正銘のゼロパーセントのはずだ。なぜあんな状態になっているのか解らない。周りを見ても、本物のアルコールらしきものは一切なかった。 「アルコール入ってないはずなのに。なんで佐々木さん、あんなに出来上がってんだ……?」  結城が眉をひそめて首を傾げる。 「……幸せだからじゃねーか?」  トイレから戻ってきたらしい山口が、そう言いながら近くに腰を下ろした。微妙に呆れたような口調だ。 「幸せ?」 「ああ……多分、もうちょっとしたら解るよ」  腕組みをして、山口は佐々木のほうに眼を向けた。缶の中身を飲み干した佐々木が、その場に立ってガッツポーズをとっている。 「皆さま! この場を借りまして、皆さまにお知らせがあります」  演説でもするように、佐々木は声を張り上げた。勤務中とは到底思えない盛り上がりだ。  上司としてはひとこと言うべきところだろう。しかしここで佐々木から注目が逸れてしまうと、結城が先ほどの話題に戻って、また余計なことを言い出さないとも限らない。  篠宮は辺りを見回した。佐々木のいる位置からそう離れていない所に、牧村係長補佐が座っているのが見える。好都合だ。あまり目に余るようであれば、そっちでなんとかしてくれるに違いない。ここは知らん顔を決め込もう。  篠宮が様々に思いをめぐらせる間に、佐々木は手を上げて声高く宣言した。 「わたくし佐々木祐成は、六月に結婚いたします!」 「えー、そうなんだー?」 「佐々木くんおめでとう!」  方々から祝福の声が上がる。それに続いて、まばらな拍手が再び聞こえた。 「へえー。佐々木さん、もう結婚だなんて、進展早いですね。つい何か月か前までは、彼女欲しいってぼやいてたのに」  結城が不思議そうに呟いた。近くにいた山口が、眉をしかめながら返事をする。 「そうなんだよ。なんかさー。合コンで知り合った女の子と、とんとん拍子に上手くいったって……」 「あ、それ聞きました。レイナさん、でしたっけ?」 「そうそう。もう、あいつにはもったいない……」 「おう、みんな! 元気?」  新しい缶を片手に、佐々木が篠宮たちのいる辺りになだれ込んできた。本当に飲んでいないのかと疑うような弾けっぷりだ。プラシーボ効果というものがあるのは知っていたが、まさかこれほどとは思わなかった。ただの清涼飲料水でここまで酔えるなんて、ある意味羨ましい。 「あ、佐々木さん。ご婚約おめでとうございます。幸せになってくださいね」 「もう幸せですよー。へへー」  傍らの女性が声をかけると、佐々木はだらしなく口許を緩ませた。少しばかりふらつきながらその場に座りこみ、正面にいた結城に話しかける。 「なあ結城。それ、この前から気になってたんだけどさあ。その薬指につけてるのって、単なるアクセサリー? それともペアリング?」  そう言って、佐々木は結城の手元を指差した。薬指には、プラチナに金の流線形の模様をあしらった指輪が燦然と輝いている。華奢に見えて存在感のあるそのデザインは、結城のすらりとした長い指によく似合っていた。 「あー、これ知ってる! ふたつ合わせるとハートになる指輪ですよね?」  佐々木の隣にいた女性が、結城の手元を見ながら尋ねる。 「そうそう、そうなんだよ」  結城が返事をすると、佐々木も興味を持ったのか指輪を覗きこんだ。

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