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指輪と恋の話
「え、ハート? どこが?」
「ほら見てください、この模様のとこ。ここをもう一つの指輪と合わせると、ハート型になるんですよ」
「へえー、すごい。可愛いな。女の子が喜びそう」
佐々木たちが無邪気な顔で話している。
嫌な予感が篠宮の胸をよぎった。こうして何人か集まると、どうも話が恋愛方面に流れていく。他人の恋など篠宮にとってはどうでもいい事のように思えるが、世間一般ではそうではないらしい。
まあ週刊誌の記事などを見ると、恋愛と金絡みの記事が大半を占めている。そういった雑誌が、淘汰されつつも脈々と続いているのは、やはりそれだけ人々の興味を引く話題であるということなのだろう。
「佐々木さんも、レイナさんにあげるといいですよ。シンプルなのとか宝石が入ってるのとか、各ブランドでいろんなデザイン出してますから」
「そうだな、俺も……って、ちょっと待てよ。ていうことはこれ、完全にペアリングじゃん。結城。なんでおまえ、そんな指輪つけてるの?」
「えへへー。これは……」
右手の指を伸ばし、結城は大事そうに指輪の表面を撫でた。
「なんだよ、もったいぶらずに教えろよ」
「これは、俺と篠宮さんの結婚指輪なんです」
佐々木の表情が一瞬凍りついた。当然の反応だろう。周りから見れば、好きだ好きだと言ってじゃれついているのは結城のほうだけなのだ。篠宮はあくまでも威厳をもって、上司としての態度を崩さずにいる。時には、もう少し結城に優しくしてあげたほうがいいと忠告を受けるくらいだ。あのやり取りを見て、即座に『付き合ってる』と感じ取る野生の勘の持ち主は、天野係長だけだと信じたい。
「はあ……結城。おまえ、頭だいじょうぶか? 妄想もそこまでになるとヤバいぞ」
「ええー。妄想じゃないんだけどなあ。なんでみんな信じてくれないんですか?」
「信じるわけねーだろ。言っとくけど、エイプリルフールはもう過ぎてるからな」
「もう。ひどいなあ佐々木さん。エイプリルフールの嘘じゃないんですってば」
にこにこと機嫌よく笑いながら、結城は佐々木と二人で話し続けている。花見の楽しげな雰囲気にあてられて、口が軽くなっているらしい。誰も本気にしていないというのがせめてもの救いだ。後で一発くらい殴っておくべきかと思い、篠宮は人知れず拳を固めた。
「篠宮主任。大丈夫なんですか? 結城の奴、マジっぽいですよ」
隣にいた山口が、眉をしかめながら篠宮に話しかける。同じように渋面をつくりながら、篠宮は短く答えた。
「実害がなければ別にいい」
「いや。実害があってからじゃ遅くないですか?」
「まあ……そうかもしれないが。今のところ、彼がああいう言動をすることによって、私が何か不利益を被っているわけでもない。思想の自由と表現の自由は、憲法で認められている」
声を低め、篠宮は自分に言い聞かせるようにそう返事をした。とっくの昔に実害があったのだとは、口が裂けても言えない。
顔を上げて結城のほうを見ると、彼は相変わらず佐々木と二人、指輪と恋の話で盛り上がっているようだった。
こうして大勢の中にいても、結城の姿はずば抜けて人目を引く。いや、大勢の中だから余計にそう思うのだろうか。明るくて、華やかで、魅力的だ。そこまで考えた篠宮は、今の自分の眼が恋人を見る眼差しになってはいないかと思い、慌てて睫毛を伏せた。
「結城ぃ。篠宮主任、めっちゃ優しいじゃん。おまえがこんなアホなこと言ってても、見て見ぬ振りで許してくれるなんて……なんだかんだいって可愛がられてるんだな、おまえ」
「そうなんですよー。篠宮さんって、ほんと優しいんです。俺、大好きなんですよ。へへ」
眼を細めて答える結城の頬が、ほんのりと赤く染まっている。山口が苦笑いと共に声をかけた。
「結城……おまえ、酔ってないか?」
「えー。そんなこと無いですよお。あえて言うなら、篠宮さんに酔ってます。篠宮さん、桜の花似合いますね。綺麗!」
結城が頬を緩めて返事をする。酔っているとしか思えない態度だが、結城は篠宮に関わることになると、普段からこんな感じだ。その証拠に今この瞬間も、結城の言葉を誰も聞き咎めようとはしない。
呆れたような顔で、山口は篠宮のほうに向き直った。
「篠宮主任。結城になんか変な素振りがあったら、すぐ警察に行ったほうがいいですよ。俺、証人になりますから」
「ああ……その時はよろしく頼む」
実際のところ毎日毎日変な素振りだらけなのだが、山口の心遣いをありがたく感じた篠宮は、いちおう礼を言っておいた。
不意に風が吹き、桜の花びらがはらはらと舞い降りてきた。青い空に緑の芝生、そこに散る淡い桜色のコントラストが美しい。
花びらの一枚がそよ風に乗り、そっと膝の上に落ちてきた。
篠宮は無造作にそれを手で払った。特に理由もなく、自然に溜め息が出る。
「……やあ、マサユミ」
いきなり背後から声をかけられ、篠宮は振り向いた。細い縞のスーツを洒落た感じに着こなしたエリックが、優しげな笑みを浮かべてそこに立っている。女性たちから歓声が上がった。
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