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御守り
「ほら」
細く入った金色のラインが、照明を反射してきらりと光る。篠宮は指輪の表面を見た。唐草のようなふたつの模様が左右対称につながり、綺麗なハートを形作っている。
「俺と篠宮さんにぴったりでしょ? まあ、ちょっとありきたりかなとは思ったんですけど。離れていても心はいつも一緒だよっていう、俺の気持ちです。篠宮さんも、会社にいるとき以外は着けてくださいね」
「会社にいるとき以外って……君と出かける時もか?」
「そりゃそうですよ。そのためのペア物なんだから」
結城が至極当然といった顔でうなずく。
「しかし、男同士でペアリングなんて……人が見たらどう思うんだ」
「そんなのいちいち見てる人いませんよ。それに、通りすがりの人に見られたからって、どうだっていうんですか。どうしてもお揃いの指輪が恥ずかしいっていうんなら、つけなくてもいいですよ。その代わり、誰が見ても篠宮さんが俺の恋人だって解るように、しっかり手をつないで歩きますからね」
「また滅茶苦茶なことを……仕方ない奴だな。つければいいんだろう、つければ」
諦めて、篠宮は指輪に指を通した。往来で手をつながれるよりましだ。
結城が嬉しそうに相好をくずした。
「えへへー。篠宮さん、なんだかんだ言って俺の我がまま聞いてくれますよね」
「君が無理やり、私が我がままを聞かざるを得ないように仕向けているだけじゃないか」
わざと渋面をつくり、篠宮は腰掛けたまま天井のほうを見上げた。片眉をしかめ、悪戯をする子供のような笑みを浮かべた結城の顔が見える。
「ええー? そんな風に仕向けたりしてませんよ、俺。篠宮さんが優しくしてくれるから、遠慮なく甘えさせてもらう時はありますけど」
満足そうな結城の笑顔を見て、篠宮はまたひとつ大きな溜め息をついた。
結城をここまで増長させてしまったのは、自分の責任かもしれない。幼い頃から父も母も家におらず、親友と呼べる友人も恋人も居ないまま人生を送ってきた自分は、きっと世間一般とは感覚がずれているのだ。篠宮はいま初めてそのことに思い当たった。
しつこく求愛され、独占欲をむき出しにされるほど、愛情の深さを感じて嬉しく思ってしまう。煩わしいなどという気持ちは微塵も起こらない。もはや破れ鍋に綴じ蓋という他はないだろう。
「まあ会社では無理でも、プライベートで出かけるときは絶対に着けててほしいです。最近の篠宮さん、色っぽすぎて、男も女も引き寄せちゃうから……指輪してたら、周りも少しは遠慮するでしょ? 御守りですよ、御守り 」
その言葉を聞いて、篠宮は結城の指に輝く指輪をじっと見つめた。たしかに、多少なりともそういった効果があるのなら、恋人に指輪をつけていてもらうのはお互いに意味のあることなのかもしれない。
「ね、篠宮さん。そろそろお風呂入りません?」
猫撫で声を出しながら、結城が篠宮の肩にしなだれかかる。さりげなく意思表示をするため、篠宮はテーブルの上の本を再び手に取った。
「先に入ってきてくれ」
「えー。一緒に入りましょうよ」
「男ふたりで入れるほど、うちの風呂は広くないんだ」
「そんなことありませんって。前に入ったことあるじゃないですか。まあ、余裕もって入れるほどではないかもしれませんけど……そうだ。ねえ篠宮さん。俺と一緒に住みませんか? 二人で、もっと広いお風呂があるとこに引っ越しましょうよ」
「冗談じゃない。勘弁してくれ」
篠宮は思わず身震いした。今でさえ毎日のように好きだ好きだと:喚(わめ)かれ、この関係がいつ会社に露見するかと思うと気が気ではないのだ。結城が一方的に言っているだけならまだしも、住所が同じだと気づかれたら、いくらなんでも言い訳できないだろう。
「いいじゃないですか。会社では面倒見てもらってるから、家では俺が篠宮さんのお世話をしますよ。篠宮さんと二人で暮らせたら、俺の人生薔薇色なんだけどなあ……ごはん食べたい時はすぐ作るし、エッチしたくなったら、言ってくれれば即勃たせますよ?」
結城は夢見るような口調で呟いた。相変わらず、寝ているのか起きているのか判らない、下らないたわ言ばかり言っている。
「まったく、君ときたら……その事しか考えてないのか」
篠宮は自分の身を見下ろした。誰がどう見ても、自分は男だ。腕や指はごつごつとしていて、声も低い。肩幅は広く、上背もある。
あえて女性を感じさせるところといえば、生まれつき色白なことと、男性にしては体毛が薄めであることくらいだろうか。結城がこの身体のどこに、そんなに夢中になるほどの魅力を感じているのか、まったくもって理解できない。
「もう。俺だけがサカってるみたいに言わないでくださいよ。篠宮さんだって好きなくせに」
それだけ言うと、結城は恐ろしいほどの正確さで、服の上から胸の突起を探り当てた。指先できゅっとつまみ上げられ、思いもかけない不意打ちに甘い声が漏れる。
「あっ……」
「ほら、これだけで感じちゃってるじゃん。俺に文句言う前に、自分のエッチすぎる身体をどうにかしたほうがいいんじゃないの? こんなにフェロモン出しまくっといて、俺が悪いみたいに言われても困りますよ」
からかうようにそう言いながら、結城は篠宮の髪をかきあげ、ひたいの生え際にキスをした。
「じゃ、先にお風呂入ってきますね」
立ち上がって背すじを伸ばすと、結城は人の家とは思えないほど勝手知ったる足取りで、真っ直ぐに風呂場に向かっていった。
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