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必ず幸せにします
「ね、篠宮さん……お墓参り、行こうよ。俺、ちゃんと手を合わせてお礼を言いたいんです。だって篠宮さんのお父さんがいなかったら、篠宮さんだってこの世にいなかったんだもん。どんなに感謝しても足りないくらいなんです。ね……お墓って、どこにあるんですか?」
手のひらを篠宮の顎に当て、結城が親指で頰を撫でる。その優しい声の響きにほだされて、篠宮は口を開いた。
「……神奈川だ」
「え、そうなの? だったらすぐ近くですね。行きましょうよ、お墓参り。篠宮さん、車貸してくれる? 俺が運転するよ」
「いや……神奈川といっても静岡との境目辺りだから、遠いぞ」
無意識のうちに、苦手だった父との対面を避けようとして、篠宮は苦し紛れに呟いた。
勉強で忙しい。仕事が忙しい。場所が遠い。そんな風に理由をつけ、墓参りになど今まで一度も行ったことがなかった。
「ぜんぜん遠くないですよ。日帰りで行けるじゃないですか。明日行きましょう。ね? 天気も良さそうだし」
デートの行き先について話すような気軽さで、結城は笑顔と共にそう提案した。
「明日……」
いつかは行くこともあるだろう。そう漠然と考えていた『墓参り』というものが、いきなり現実味を帯びて胸に迫ってくる。篠宮は背中に冷や汗を感じた。急に言われても、心の準備ができていない。
「篠宮さん、ネクタイ貸してもらえます? 俺の今日のネクタイ、赤だったから。スーツは今日のでいいとしても、ネクタイはもうちょっと地味な色にしたほうがいいですよね。ワイシャツはたしか、こっちでクリーニング出したやつが一枚あったような気が……」
墓参りが目的とは思えないほど楽しそうに、結城があれこれと計画し始める。篠宮は覚悟を決めた。元々、一度くらいは行かなければと思っていたのだ。とりあえず墓前まで行って手を合わせれば、結城も気が済むだろう。
「どうして君はそんなに楽しそうなんだ。墓参りなんて、別に面白いものでもないだろう」
「えー。楽しいってわけじゃありませんけど……ドキドキはしてますよ。だって、篠宮さんを俺にくださいって、お父さんにお願いしなきゃならないんだから」
芝居がかった調子で、結城は胸に手を当ててみせた。楽しいわけじゃないなどと言いながら、完全に楽しんでいる。
「くださいって……私は物じゃないんだぞ」
「ああ……そうですねー。くださいはマズいかなー。『正弓さんを必ず幸せにします!』でいいかな」
「良いも悪いもないだろう。何を言ったところで、答えは返ってこないんだ」
「そういうわけにはいきませんよ! 一生そばにいて幸せにしますって、ちゃんと約束しなきゃいけないんだから。真面目に俺、ダメって言われたらどうしようかと思ってるんですよ」
そこまで言い終わると、結城はいきなり篠宮の胸を抱えてベッドに押し倒した。
「わっ」
枕に頭を押し付けられ、篠宮は驚いて眼を見開いた。整った結城の顔が間近に迫り、自然に鼓動が速くなっていく。
「だって俺、正弓さんにこんな事しちゃってる……大事な息子を奪われて、お父さん怒り心頭じゃない?」
わざとらしく卑猥な手つきで、結城は篠宮の胸元を撫でた。
胸の突起が僅かに赤みを帯びて立ち上がる。身体の奥にさざ波が立つのを感じて、篠宮は仰向けになったままもぞもぞと身動きした。
「馬鹿、名前で呼ぶな」
「えー。どうしてですか?」
「君のことだから、仕事中にうっかりそう呼んでしまうかもしれないだろう」
「大丈夫ですって。多分みんな、あーまた妄想が進んだのかなー、くらいにしか思わないですよ」
自嘲気味に笑いながら、結城の手がせわしなく愛撫を続けていく。脇腹を優しく撫でられると、甘い痺れが身体中に広がっていった。
大丈夫の意味が違う。そう言いかけた言葉を、篠宮は途中で飲み込んだ。腰の奥が柔らかくとろけ、結城を受け入れる準備をし始めたのが判る。頭の芯がぼうっと霞み、眼の前の彼のことしか考えられなくなった。
「ね、篠宮さん……また、ドライでいくの……してみません?」
頬と頬を合わせ、結城がそっと耳許に囁きかける。彼が言っていることの意味が解らず、篠宮は眉をひそめて問い返した。
「……ドライ?」
「射精しないで、後ろだけでイクんですよ。前にした事あるでしょ?」
こめかみに小さく何度もキスをしながら、結城が魅力的な声で誘う。以前にそうなった時のことを思い出して、篠宮は背すじに戦慄を感じた。恐れと期待の入り混じった感情が湧き起こり、優しい愛撫に安心しきっていた心をたちまちのうちに乱していく。
「やめてくれ。一度ああなると……止まらなくなるんだ」
篠宮は身震いしながらかぶりを振った。
あの感覚を知ったのは、今から二か月ほど前のことだっただろうか。高みに登りつめた状態が際限もなく続く、この世のものとも思えない快楽。抗えない波が何度も何度も押し寄せ、最後にはあまりの快感に失神してしまったのだ。
「でも、気持ち良かったでしょ?」
結城が魅力的な声で誘う。誘惑の甘い言葉を耳にすると、あの快楽をもういちど味わってみたいという思いが胸の奥から湧き起こってきた。
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