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初めまして
管理事務所で目的の墓の場所を聞き、墓参りの際の注意事項が書かれた紙を受け取る。掃除のためのバケツと柄杓を借りて、篠宮は踏み固められた道を結城と並んで歩いていった。
霊園の中は、碁盤の目のように区切られ整備されていた。かなりの数の墓が立ち並んでいるが、篠宮たちの他に人影はほとんどない。春の彼岸の時期はもう過ぎているし、法事でもないかぎり、わざわざ墓参りに来る人は少ないだろう。死んだ人間の扱いなんてそんなものだ。
「……ここだな」
碁盤の目の一角で立ち止まり、篠宮は墓に刻まれた名を確認した。一応『篠宮家』と彫られてはいるが、ここに眠っているのは父一人のはずだ。
黒く光沢のある墓石を見ながら、勘当したはずの子に対して、ずいぶんと立派な墓を建ててくれたものだと篠宮は考えた。絶縁状態だったとはいえ、若くして亡くなった息子をさすがに不憫に思ったのだろうか。あるいは単に、世間体を気にしてのことなのかもしれない。
「ちゃんと綺麗に掃除してあるね。花もお供えしてある」
花束を抱えた結城が、墓の様子を見て不思議そうな顔をした。
結城と同じ感想を抱きながら、篠宮は周囲に眼を向けた。誰も来ない墓など、きっと雑草が伸び放題になっているだろう。必要とあらば草むしりもしなければいけないと覚悟していたが、墓石の周りは、今しがた掃除したばかりのようにしっとりと露をまとっている。
ある程度の掃除は、管理事務所の人がしてくれるのかもしれない。しかし、花まで供えられているのは解せなかった。
「親戚の誰かが、思い立って来てくれたのかもしれないな」
「そうかもしれませんね」
基本的に細かいことは気にしない結城が、僅かに首を傾げながらもそう返事をする。この時ばかりは篠宮もそれに倣うことにした。自分たちの前に誰が来たのだろうか。そんなことを考えてもいても仕方ない。
「お花、どうしましょうか。花立てにはもう飾ってあるし」
「束のまま前に置けばいいだろう。風で飛んでいくといけないから、他の物と一緒に持って帰ることにしよう。とりあえず、形だけでも掃除しておくか」
「はい」
手に提げたビニール袋から、結城が真新しい雑巾を取り出した。
バケツに汲んだ水を使って掃除の真似ごとをしてから、線香に火を灯す。供え物を並べ終わって一息つくと、篠宮は隣がいやに静かなことに気がついた。結城が花束を持ったまま、いつになく固い表情をして突っ立っている。
「ううー、ちょっと緊張するなあ……」
「緊張?」
単なる墓参りのどこに、そんなに緊張する要素があるのだろうか。そう思って聞き返したが、結城は珍しく篠宮の問いさえ耳に入らない様子だった。
墓前の石段の上に花を捧げ、結城は真剣な顔で手を合わせた。
「初めまして。正弓さんとお付き合いさせていただいている、結城奏翔と申します」
幾度も練習したかのように、結城はその台詞を淀みなく口にした。
「なっ……!」
篠宮は面食らって声を上げた。結婚の申し込みがどうのとさんざん騒いでいたのは知っているが、本当にこの場で言うとは思っていなかったのだ。
篠宮の動揺をよそに、結城は真顔で言葉を続けた。
「未熟者の私ですが、正弓さんを一生大事にしていきたいと思います。必ず幸せにします。どうか、正弓さんとの結婚を許してください」
馬鹿馬鹿しい。篠宮は内心そう思ったが、結城の真面目な表情を見て発言を控えた。墓前で宣言することが結城にとって必要な事なら、いくらでも宣言したらいい。誰かに迷惑がかかるわけでもないし、気が済むまで誓ってもらって構わないだろう。
「お願いします……!」
結城が語尾に力を込めたその時。
そよそよと長閑 な風が流れていた中に、急に突風が吹きつけてきた。
墓前に供えた花束が転がり、ばさりと音を立てて地面に投げ出される。白菊の花弁が何枚か散って、冷たい土の上に落ちた。
「あ……」
自分の供えた花が地面に転がるのを見て、結城の顔が青ざめた。
「ねえどうしよう篠宮さん! お父さん怒ってるよ!」
「そんなわけないだろう。偶然だ」
「偶然なんかじゃありませんよ。あーどうしよう、やっぱり駄目って言われた……!」
結城が本気で頭を抱えている。篠宮は呆れ返って苦笑した。こんなもの、霊的な現象でもなんでもない。ただ風が吹いただけではないか。それだけでここまでうろたえるなんて、滑稽以外の何物でもない。
「まあお父さんから見たら、俺なんか泥棒もいいとこですよね……大事な大事な可愛い一人息子をベッドに押し倒して、チュッチュしたりペロペロしたりズポズポしたり……俺が父親だったら、絶対許せませんよ」
「変な擬音を使うな、馬鹿」
篠宮は思わず顔をそむけた。結城の口から飛び出す卑猥な音の表現に、昨夜のことを思い出して赤面する。
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