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二十年ぶりの再会
桜の枝が風を受けてさざめき、そのたびに淡い紅色の花びらが降る。緑の野に囲まれたうららかな景色の中に、鳥の声が響いた。
墓前にひざまずいていた結城が、微かに困惑した顔を見せながら立ち上がる。彼がそばに居たことを思い出して、篠宮はようやく我に返った。幼い頃に別れた母親との、二十年ぶりの再会。こんな所で、立ち話で済ませるような事ではない。
心は激しく揺れ動いていたが、この場では自分が舵を取らなければならない。持ち前の責任感の強さが勝り、篠宮はしだいに胸に落ち着きを取り戻していった。
腕時計にちらりと眼を走らせる。十一時を少し過ぎたところだ。昼食には少し早いが、早すぎるというほどでもない。
「あの……もしよろしければ、食事でも」
とりあえず場を移さなければならない。そう思った篠宮は、昼食を共にすることを提案した。たしか駐車場の近くに、食事を出す店が何軒かあったはずだ。
「えっと……篠宮さん。俺、外しますね。車の中で待ってますから」
結城が気を遣って後ずさる。篠宮の複雑な家庭環境を知っている彼からすれば、当然の配慮だろう。
「いや、君も一緒にいてくれ。そのほうがいい」
有無を言わさぬ口調で結城を引き止めてから、篠宮は母である女性のほうに向き直った。
「彼は私の会社の後輩で、結城くんといいます。私が子供だった頃のことについて、大まかな事情は知っています……同席してもかまわないでしょうか」
「ええ。もちろんよ」
すぐに承諾の返事をして、彼女が微かに笑顔を見せる。管理事務所で借りた物を返却し終わると、篠宮は先頭に立って歩き始めた。
「いいお天気ですね」
世間話を始めようとする結城の声が、いつもより固い。無理もないだろう。なんの心の準備もできていない状態で、いきなりの対面だ。
「そうね。ついこの前まで、あんなに寒かったのに」
「桜も一気に満開になりましたよね」
結城たちの交わす当たり障りのない話を聞きながら、緩やかな坂を下りていく。駐車場の横まで来ると、篠宮たちはいくつかの店が並ぶ場所で立ち止まった。
蕎麦、天麩羅、寿司。いずれも和食だ。墓参りに来るのは年配の人が多いから、こういった落ち着いた店構えの所が自然と多くなるのだろう。中でも少し高級そうな店を選び、篠宮は奥の目立たない席にしてもらえるよう、それとなく店員に目配せした。
「どうぞ、そちらにお掛けください」
女性に上座を勧めてから、篠宮が正面に、結城がその隣に腰掛ける。席に座ると彼女はまず結城に、不躾に声をかけたことを詫びた。
「済みません。びっくりしたでしょう。迷ったのだけど、今を逃したらもう二度と、こんな偶然はないだろうと思ったの。お参りが終わった後、管理事務所の人と少し話をしていて……帰ろうと思った時に、あの人のお墓の前に人影が見えたものだから、つい気になってしまって。本当にごめんなさいね」
「いえ。篠宮主任が、小さい頃からお母様と別々に暮らしていたという話は、以前に伺っていましたから。たまたま来たお墓参りでこんな風に出会えるなんて、本当に偶然ですね」
重苦しい話をさらりと流して、結城が屈託のない笑顔を見せる。太陽のような明るい笑みに、その場の雰囲気が一気に和らいだ。
「主任……正弓さん、会社では主任なのね」
「はい」
短く答えて、篠宮は会社の名刺を差し出した。大事そうにそれを押し頂き、彼女はそこに並んだ文字をしみじみと眺めた。
「一流企業ね。しかも営業なんて……お仕事、大変でしょう」
「いえ……それほどでもありません。ここに居る結城くんをはじめ、周りの人たちが助けてくれますから」
そこまで言って、篠宮はさりげなく彼女の顔色をうかがった。墓参りという、極めてプライベートな用事に二人きりで出かけるなんて、たとえ部下兼友人だったとしても親しすぎはしないだろうか。そんな思いが一瞬胸をよぎる。
「ぼくのほうも、篠宮主任には毎日お世話になっています。先日話をしていたら、篠宮主任のお父様のお墓とぼくの親戚の墓が、偶然近い場所にあることが分かりまして……これも何かの縁だからと、一緒にお墓参りに来ることにしたんです。桜も綺麗ですしね」
嘘も方便とばかりに、結城が適当な理由を述べた。
とっさに出てきた言い訳にしては上出来だ。たまたま自分に縁がある場所で、桜も綺麗だから。理由など、そんな他愛もないことで構わない。
「そう……こんなふうに一緒に来てくださる仲間がいるということは、お仕事のほうも上手くいっているのね。何よりだわ」
にっこりと微笑んで、彼女は篠宮の名刺を鞄の中に仕舞った。
社用のものではあるが、名刺には携帯の電話番号も入っている。その番号を回せば、電話口に出るのが篠宮であることは明白だ。それにもかかわらず、彼女が連絡先を教えてくれようとしないのを見て、篠宮は少し落胆した。母はやはり、自分と再び縁を繋ぎたいとは思っていないのだ。
「……お待たせいたしました」
ワゴンを押した店員がテーブルの横に着き、注文した物が揃ったことを告げた。
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