124 / 396
仲良くお買い物デート
二十分後。篠宮たちはそれぞれ好みの料理を盛り付けた皿を前に、三人揃ってテーブル席についていた。
結城は皿の上に三色のパスタを山盛りにし、さらにその横に、鶏肉のカチャトーラを盛り盛りに盛っている。本当に、この栄養がいったいどこへ行くのか。篠宮はそのことを考えてひとり赤面した。
「ほんと、びっくりさせちゃってごめんなさい。私、吉沢可南子っていいます。前にも言ったけど『Orlando』って雑誌のライターやってます。よろしく」
化粧はすっかり剥げ落ちていたが、自己紹介する彼女の顔は張りがあって美しく見えた。どことなく天野係長に似た雰囲気があるのは、男の多い職場で働く女性という点が共通しているからかもしれない。
彼女が名を挙げたその雑誌なら、篠宮も書店で見かけたことがある。二十代後半から三十代くらいの男性に向けた、価格は手頃でも高級感のあるアイテムを中心に紹介するファッション雑誌だ。
「あ。俺、結城奏翔です。こっちは俺の恋人の篠宮さん。見ての通り、今日は仲良くお買い物デートだったんですよー。へへ」
「なっ……」
臆面もなく『恋人』と紹介され、篠宮がうろたえた声を出す。彼女は気にした様子もなく、笑顔で返事をした。
「あら、晴れて恋人になれたのね。相変わらずお休みの日に二人でデートしてるってことは、ラブラブだと思って差し支えない?」
彼女がそう尋ねると、結城は整った顔が台無しになるほど嬉しそうに相好を崩した。
「そりゃあもう、もちろん差し支えありませんとも! えへへー。見てくださいよ、これ」
自身の指輪を見せてから、隣の篠宮にちらりと眼を向ける。篠宮は慌てて左手を隠したが、女性の鋭い眼差しはすぐにそれがペアリングだと見て取ったらしい。
「良かったわねえ。幸せそうで何よりだわ」
トマトとバジルの色鮮やかなピザを口に運びながら、彼女は呟いた。こちらの皿の盛り付けも、女性にしてはかなりの量だ。
「で。何ですか、お話って?」
銀色に輝くフォークを手に持ったまま、結城が思い出したように顔を上げる。その言葉を聞き、彼女はひとつ深呼吸をしてから意を決したように話し始めた。
「実は……というか、私が声かけた時点で、だいたい予想はついてると思うんだけど。今度うちの雑誌で、浴衣特集の記事を載せるのよ。でね……その……あはは。できればお二人にモデルとして、それに出てもらえないかなぁ! なんて」
冗談めかして笑いつつ、篠宮と結城に縋るような眼を向ける。
男性向けファッション雑誌のモデルとして、撮影に協力してもらいたい……たしかに彼女の言うとおり、なんとなく想像はついていた話だ。
「そうおっしゃられても……前にもお話ししたとおり、私たちは会社員なんです。そういった露出はあまり好ましくないと申し上げたはずですが……」
篠宮は渋い顔をしたが、その程度は彼女の予想の範囲内だったらしい。特に気落ちした様子もなく、なおも両手を合わせて懇願し続けた。
「そこをなんとか! もちろんタダとは言わないわ。決められたギャラはきちんとお支払いします」
「それならば尚更です。私たちはまったくの素人ですし……ご期待に沿えるかどうか分かりません。無責任に引き受けてしまっては、かえってご迷惑をおかけすることになるかと」
「大丈夫ですって、絶対! 私が保証します。もう絶対、なんにも考えないでパチってシャッター押しただけで、絶対絵になるはずだから!」
興奮のあまり『絶対』を連呼しながら、彼女が力説する。篠宮は隣に視線を向けた。思ったとおり結城は、雑誌の撮影という日常とはかけ離れた話を聞いて、期待に眼を輝かせている。
ともだちにシェアしよう!