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当然の疑問
「面白そうじゃん! こんな機会、滅多にないよ?」
「そう言うと思った……」
予想どおりの答えを耳にして、篠宮は深く溜め息をついた。目新しく変わったことが大好きな彼だ。映画やドラマでしか見たことのない場面を実際に体験できると知って、飛びつかないはずはない。
「それはそうとして……吉沢さん。どうしてあんなに血相変えて、俺たちに声かけたんですか? 俺、男向けファッション雑誌って、本屋でチラ見する程度なんですけど……月刊誌だったら、いつも使ってるモデルさんがいるはずですよね。そのモデルさんはどうしたんですか? 体調不良にでもなった?」
結城がそう言って首を傾げる。たしかにそうだと思いながら、篠宮は眉間に軽くしわを寄せた。今の今まで考えてもみなかったが、言われてみれば当然の疑問だ。
「えー、あー、まあね……いる事はいるのよ。ただちょっと、その、今回はあんまりイメージじゃないというか……」
明らかに困った顔をしつつ、彼女は歯切れの悪い口調で答えた。
篠宮は僅かに警戒の表情を見せた。なぜ今回に限りいつものモデルを使わなかったのか、その点がどうも気になる。もしちょっとでも不審な部分があるなら、話を聞くのもここまでにするべきだろう。余計なトラブルには巻き込まれたくない。
篠宮の様子で内心を察したのか、彼女は阿 るような瞳で二人を代わる代わる見た。
「えっと……これ、誰にも言わないでくれる?」
「言いません」
結城が真面目な顔で即答する。周りのテーブルに眼を向け、誰も聞いていないことを確認してから、彼女は声を低めて話し始めた。
「その……たしかにね。半年契約でお願いしてたモデルの子が、居ることは居るのよ。ただ……先日初めて分かったんだけど、どうもその子、事務所に内緒で出張ホストのバイトをしてたらしくて」
「あー。それはたしかに、イメージ的にマズいですね」
その言葉ですべてに合点がいったのか、結城が納得したように首を縦に振る。出張ホストという単語を初めて聞いた篠宮は、意味が解らないまま思わず口を挟んだ。
「私には事情がよく解らないのですが……そのアルバイトをしていたら、何か不都合なことでもあるんでしょうか」
モデルやタレントの収入は、お世辞にも安定しているとはいえない。いくら名のある事務所に所属していようとも、使ってくれる所がなければ意味はないのだ。俳優にミュージシャンにお笑い芸人……売れないうちはアルバイトで生活費をまかなっているという話は、いくらでも耳にする。副業をしていたからといって、特に問題があるとは思えない。
篠宮の呟きを聞き、結城が片眉を上げながら苦笑した。
「もう、篠宮さんてば。駄目に決まってるでしょ。雑誌のモデルに使いたくないって事は、やっぱりそういう事なんだろうから」
「……そういうこと?」
「えーと、篠宮さん。その反応ってことは……出張ホストって何するものか、今まで知らなかった?」
「知らなくて悪かったな」
無知を指摘され、思わず仏頂面になる。そんな篠宮の機嫌を取るように、結城は慌てて篠宮の顔を覗きこんだ。
「ごめんごめん。馬鹿にしてるわけじゃないんだよ。たぶん、ホストって言葉から篠宮さんが想像してるものでも、間違いではないと思うし」
結城に猫撫で声でなだめられ、篠宮はようやく不機嫌な表情を解いた。この程度のことでいちいちへそを曲げるのも大人げないだろう。知らないことは恥ではない。分からないなら、訊けばいいだけの話だ。
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