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恋人自慢
「出せるギャラは限られてるから、有名なモデルさんに頼むわけにはいかないし。とはいえ一応ファッション関連の雑誌なんだから、その部分ではなるべく妥協したくないし。仕方なく、どっかにいい男でも落ちてないかなーと思って、当てもなく街をさまよい歩いていたというわけよ……」
深い溜め息と共に、彼女は大きな丸いモッツアレラチーズにフォークを突き刺した。それを見て、結城も負けじと皿の上の鶏肉を口に運ぶ。妙なところで張り合っているらしい。
篠宮は自分がここに居ることが、ひどく場違いなように思えてきた。雑誌だの撮影だのといった華々しい世界は、結城ならともかく、自分にはまったく関係のない話だ。
「でもモデル事務所って、すごい数のモデルが登録してるんですよね。たしかに篠宮さんほどカッコいい人はいないと思うけど、そこそこ見られる人はいるんじゃありませんか?」
「そりゃあ数だけならたくさん居るわよ? でもあの時、あなたたち二人に会って、史上最高の和装を見ちゃったから……もう他の何を見ても、しっくり来ないのよ」
「まあ篠宮さんのカッコよさは世界一ですからねー。篠宮さんと較べちゃったら、他の奴らが見劣りするのは解ります」
自分のことはそっちのけで、結城が恋人自慢をし始める。篠宮は苦々しい思いで眉をひそめた。だいたい、自分にそれほどの魅力があるなら、今までに恋人の一人や二人はできていたはずだ。結城のような男から容姿を褒められたところで、嫌味にしか聞こえない。
「あの……」
このまま会話を任せきりにしていては、結城が勝手にモデルの話を引き受けてしまうかもしれない。そう危惧した篠宮は、なんとか流れを阻止しようと口を差し挟んだ。
「浴衣特集というと、普通は七月号あたりで組むものですよね。もうすぐゴールデンウィークですが、今頃そんな話をしていて間に合うものなんでしょうか」
「間に合うかどうかじゃないの。間に合わせるのよ。ね、お願い!」
「そうおっしゃられても、私たちは会社員ですから……スケジュールを全面的にそちらに合わせることはできません」
「もちろん、そのへんに関してそこまでの無理は言わないわ。なにも、今日明日ですぐ撮影してくださいってわけじゃないの。いつまでもとは言わないけど、来週くらいまでなら待てるわ」
あくまでも食い下がる彼女を見て、篠宮は困惑した。来週はゴールデンウィークだ。旅行の予定が入っているとでも言えば、断ることは簡単だったのかもしれない。こんな状況でも嘘をつけない、真面目すぎる自分の性格を篠宮は呪った。
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